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Caesar and Agrippa

使用したAI Dalle
「神君カエサルは」
マルクス・ヴィプサニウス・アグリッパは、独語するように呟いた。
「なぜ私を選んだのだ」
アグリッパは、「彼」に問いかけた訳でもなく、自分でも意識して発した言葉ではなかった。

寧ろ、「彼」から反応があったことに驚いたのだ。
主君であり、盟主であり、そして何よりも莫逆の友である若き美貌の「神君カエサルの息子」、「神の子」である現在のカエサルから。

「アグリッパを信じていたからだ、そしてアグリッパを信じているからだ、今この瞬間も天上から」
饒舌でもなければ、神君カエサルやキケロのような演説家でもない。寧ろ、この若きカエサルは口下手ではないかと思える節が多々あるのだが、どういうものか、アグリッパと会話しているときの彼は時々神託を受けた神官のように見えるときがある。

正直、今は誰とも話したくなかった。
しかし、さすがにこの主君相手ではそうもいかない。

紀元前42年、史上フィリッピの戦いの戦いと呼ばれるこの大規模な会戦で、カエサル・オクタヴィアヌスとマルクス・アントニウスの連合軍は、カエサル暗殺派の最後の大物であるカシウスとマルクス・ブルータスの連合軍を打ち破り、二人を死に至らしめ、若きカエサルはついに「父の仇」を討滅しつくしたのである。

...ただし、である

会戦に勝利したのはカエサルというよりも、神君カエサルの副将を長く務め、今は若きカエサルの潜在的ライバルにもなっているアントニウスであり、カエサルは決して勝利した...と手放しで喜べる状態ではなかったのである

フィリッピの戦いは決してただの復讐戦ではない。戦後のローマ政界の主導権を誰が握るかという、カエサルとアントニウスの冷戦でもあったのである。そして、その戦いに勝利したのは間違いなくアントニウス...という以外になかった。

その意味においては、若きカエサルは決して勝利者ではなかったのである。

先ほどカエサルとアグリッパはアントニウスと会見を終えて自らの陣に帰ってきたばかりだが、その「負けた」という屈辱をまざまざと思い知らされてきたという訳だった。

アグリッパは決して怨恨深い性質はしていないが、先刻の、勝ち誇ったアントニウスのカエサルに対する様々な嫌味を脇で延々聞き続けて、さすがに内心の怒りを抑えかねている。

そして更に言えば、「カエサル軍」とは言い条、若き主君は戦いの場においてはただのお飾りに過ぎず、実質的にカエサル軍の総指揮を取るのは主君と同い年の、二十歳を過ぎたばかりのアグリッパなのである。

勿論実力主義もあるとはいえ、基本的に年功序列の色も濃いローマ軍団にあって、二十一歳の若者が数万の全軍の指揮を執るなど無茶である。そもそも序列云々以前に経験値が絶対的に足りない。

アグリッパ率いるカエサル軍はブルータス軍に完全にしてやられ本陣まで攻め込まれて、危うく総帥のカエサル自身が難を逃れたほどだった。

最終的に会戦に勝てたのは、どう考えてもアントニウスが強かったから、という以外にない。

アグリッパをカエサル軍の実質的な総指揮官に...と強硬に押し通したのは当の主君である。
確かにこの若きカエサルには、絶望的なまでに軍才がない...という以前に虚弱体質過ぎて軍団の指揮など無理なのだが、なぜ最高指揮官にアグリッパなのか。カエサル軍にはガリア戦役時代から神君カエサルに付き従ってきた経験豊富な指揮官も大勢いるというのに、だ。

このとてつもない美貌の、それでいて実戦の指揮も取れないほど虚弱体質のカエサルは、そのひ弱な外見から想像もつかないほど頑固な時がある。

実際、アグリッパの若さを危ぶむ中級指揮官たちも大勢いたのだが、若きカエサルはにこやかな笑みと共に言ってのけたのだ。
「アグリッパはわが父上、今は天上におわす神君カエサルが私の片腕とも恃んで私にお付けくださった者だ。アグリッパを疑うということは、それ即ち神君の神意に背くことだ。神君に長く付き従い、神君と百戦を経てきたはずの諸君にして、神君の御意を疑うのか」

生前のカエサルに心酔していた万座一同、ぐうの音も出ず引き下がるしかなかったという訳である。

しかし、アグリッパにしてみれば10年後ならばともかく、現時点においてはとてつもない無理難題である。

確かに神君カエサルの命令でこの若きカエサルと行動を共にするようになったのだが、「片腕とも恃んで」などとは一度も聞いたことがない。更に言えば、神君カエサルがそのつもりだったとしても、それは十年後二十年後の話ではなかったか。

しかし、このカエサルの息子は、「アグリッパを自分に次ぐNo2として万人に認めさせる」という一点において、全く譲歩する意志が皆無な様子であった。

一応わからなくもないのは、まがりなりにも王政時代以来の名門ユリウス・カエサル家とは血のつながりがある主君と違い、アグリッパは完全無欠の庶民階級出身である。平時ならば、軍団の指揮どころか百人隊長がせいぜいだろう。そんな彼を最高指揮官として押し立てるには、確かに「神君の御遺志である」とでも押し通す以外にないのかもしれない。

しかし、ローマ軍団は出身や年功の序列はあっても根底にあるのは実力主義だ。最終的にはアグリッパ自身が実力を証明するしかないのだ。二十一歳の若者にはなかなか荷が重い話である。

そんな訳で、今のアグリッパは誰とも口もききたくない心境だったのだが、若き主君、かつ親友はどうも放っておいてくれそうになかった。

時には人間の血が流れてるのかと疑いたくなるほど冷徹非情な人だが、どういうものかアグリッパは、主君の己自身に対する友情と信頼だけは疑ったことがなかった。

政治家として当たり前だが決して猜疑心がない人でもないのに、若きカエサルの猜疑心はどういうものかアグリッパに対しては信じがたいほどに無防備になるらしかった。

大体このカエサル自身の命運をかけた一戦で、いかに親友であり腹心の友とはいえ、全軍の指揮権を無条件にアグリッパに委ねてしまえる神経も、考えてみれば尋常ではない。アグリッパが自分に対して異心を抱く、などとは微塵も想像しないらしい。

「信じている....か」
アグリッパは、ふとおかしくなった。必要とあればキケロら政敵を根絶やしに粛清し、元老院の共和主義者たちを殺して殺して殺し尽くしても微塵も動じないようなこの冷血漢が、なんだって自分にはこうも無防備なのか

「君も信じているのか? 私を」
だから、こう聞いてみたくなったのだ。答えはわかりきっているとしても。

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