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【マタタビ】30.夜明け

使用したAI その他
(前の話)
【マタタビ】29.ギガント・ハンズ
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 翌朝、ニューナゴヤは、昨日の出来事が嘘のように静かだった。落着点にあった宇宙ステーションは粉々に押し潰されており、周囲にクレーターを思わせるような巨大な手形がついていた。その光景を、夜明けの薄明りの中、小高い丘からラポームが眺めていた。俺は、ラポームの隣まで歩き、欠伸をしながらちょこんと座る。

「おはようございます、クロさん。シロさんの様子はいかがでしょうか?」

 ラポームは心配そうに聞く。

「多少の損傷はあるが、命に別状はない。向こうでシルエラと一緒に休ませているよ」

 シロは、外傷こそ少ないものの、今回のような激しい戦いは初めてだったので、疲弊していた。今はスリープモードに入っている。

「それは何よりです。また旅に出るまでの間、ポームムでゆっくりなさってください」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 俺は、ラポームの好意をありがたく受け取る。

「ウーヴァさんたちから連絡が入りましたが、神の繭の触手やアノマリィたちのお片付けも終わったとのことです。私たち以外にも沢山の旅人や黄昏梟、越夜隊たちが、組織の垣根を越えて戦ってくださったようです。本当によかった」

 ラポームは、そう言いながら、戦いの跡地を見つめる。その後姿に俺は声をかけた。

「本当に、よかったのか?」
「何が、でしょうか?」

 ラポームは、とぼけたような顔をしてこちらを向く。

「あの神格……お前たちメイドの“ご主人様”、だったんだろう?」
「気づいていましたか……」

 そう言って、ラポームは目を閉じる。俺の予想は正しかったようだ。ポームムがいくらニューナゴヤで一番情報が集まる店だとは言え、メイドたちは星の樹や神の繭、ルースト005の全貌、落着点の場所について、明らかに知り過ぎていた。彼女たちは、情報屋として情報を得たのではなく、初めから知っていたのだろう。ラポームは、静かに語り始めた。

「終末事変よりも少し前のことです。世界の終わりを予見し滅亡を恐れた人々は、生き延びるために怪しげな儀式を始めました」

 俺は、ラポームの隣で静かに話を聞く。

「その手の儀式は世界各地で行われていたそうです。中には、この星の外から神を召喚する試みもありました。ですが、その大半は、終末事変の混乱で失敗し、世界崩壊の一端を担いました。そんな中、私たちの主は、人工的に人を神へと進化させることができる“神の繭”を作り出しました。そして、混乱する地上から離れた宇宙ステーションで神の繭を起動し、その中で復活の時を待つはずでした」

 ラポームは、続ける。

「私たちメイドは、主の復活の時を、地上で長い間待ち続けました。そして、私は、私と一緒に主を待つメイドたちや主を失ったメイドたちの居場所として、メイドカフェ“ポームム”を開店させ、メイドたちを養いました。そうして、初めは細々と始めたカフェでしたが、次第にポームムに訪れてくださる、新しいご主人様やお嬢様も増え、店は大きくなっていきました」

 ラポームは、その思い出を懐かしむように、目を細める。

「そして、神の繭が復活する予言の日を待ち望んでいたある日、私は、ふと疑念を抱きました。私たちシンカロンもそうですが、生きていくためには沢山のエネルギーが必要となります。エネルギーを失ってしまえば、動くことすらできなくなる。だとしたら、長い年月を神の繭で過ごし、エネルギーを失った主は、どうやって復活するのでしょう? その復活に必要なエネルギーは、どこから得るのでしょう? そして、私が導き出した答えは、“エネルギーを外部から取り込む”であろうと言うこと……」

 ラポームは、自分の肩を抱き締め、震えていた。

「私たちは、悩みました。そして、決断する必要がありました。かつての主の復活を選ぶのか、それとも、今この街に住む新しいご主人様、お嬢様たちの命を選ぶのか……」

 ラポームは、自分を落ち着かせるように、深呼吸をする。

「——そして、私たちは“今”を選んだ」

 肩を落としたラポームは、泣いているように見えた。

「そうだったのか。つらい決断だったな……」

 俺は、慰めの言葉も思い付かず、黙り込む。

「でも、いいのです。あれが私たちの主だったのは、もはや過去のこと。私たちは、戦うことを決意し、そして勝利しました。私たちは、新しいご主人様、お嬢様と共に生きる未来を勝ち取ることができたのです」

 振り返ったラポームは、いつもの笑顔に戻っていた。そして、振り返った先に広がるニューナゴヤの街を見渡して言った。

「私たちは、この街を守れたことを誇りに思っています」
「そうか」

 ならば、神格のことについては、これ以上何も言うまい。だが、もう一つ気になっていたことがある。

「なぜ、俺たちにルースト005のマップを渡したんだ?」

 それを聞いて、ラポームは笑って答える。

「あなた方に託したかったのですよ。神の繭に関する真実を」

 ラポームは、続ける。

「今回の戦いは、結果的に多くの方々の協力を得て、勝利することができました。ですが、元々は私たちメイドだけで戦うつもりでしたので、全滅も覚悟しておりました。私たちが全滅した場合、神の繭に関する真実は、この先もずっとルースト005の地下に眠り続けていたでしょう。ですから、その情報を託したかったのです。私たち以外の信頼できる誰かに」
「何故、俺たちだったんだ? 出会ったばかりの旅人だろう?」

 ラポームは、メガネの縁を指で押し上げながら笑って答える。

「私、伊達にメイド長はやっておりませんよ。人を見る目には自信があるのです」

 なるほど。俺たちは、初対面の時から品定めされていたようだ。そして、メイド長のお眼鏡にかない、情報を託されたのか。

 俺も、ラポームの隣でしばらく街を眺めた。振り返れば、怒涛のような日々だった。コトラから聞いた星の樹の噂話に始まり、ニューナゴヤを訪れ、ポームムでメイドたちと出会い、黄昏梟のグリレとグリルスに出会い、越夜隊のフィズィと戦い、神の繭から復活した神格と戦い、その戦いの果てに勝利し、今ここにいる。

 特にシロにとって、このニューナゴヤでの出来事は、初めてのことばかりだった。様々な体験をとおして大きく成長したように感じる。この経験が、シロの今後の人生を豊かにしてくれることだろう。そんなことを考えているうちに、やがて朝日が昇り、薄暗かったニューナゴヤの街を照らし始めた。越夜隊が望んだ真の夜明けではなく、今までと変わらない夜明けが訪れる。今日もまた、暑くなりそうだ。

 そんな朝日が決して届かない、ルースト005の最深部では、人工知能が静かに稼働していた。無人のサーバルームでは、電子音と冷却ファンの音がまるで息遣いのように響いていた。そして、眠りから目覚めたばかりの人工知能は、今日の出来事を思い出の一つとして、静かに記録した。

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(次の話)
【マタタビ】31.ご褒美
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