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【1枚め】
アリスは街の入り口にやってきました。うさぎは途中で「ちょっと用があるんで」と、他人に言えない趣味の同人誌を買いに行くオタクのように消えていきましたが、アリスはまだ10歳なので、そういったところの機微には疎いのでした。

街にはたくさんのロボットがいて、本当に機械の国なんだなあ、と実感させてくれます。
「ようこそ、見かけない子だね。いやそうでもないかな? 子供はみんな似た姿で、僕混乱しちゃうよ。でも街の外から人が来るわけもないし、さてはイメチェンだね。うーん、テレスちゃんかな?」
勝手に誤解してくれるので、助かります。
「答えは次に会うときまで取っておくわ。あなたから考える楽しみを奪いたくないから」
アリスは悪女の素質があるようですね。
「ところで人に会いたいのだけど、どこに行けば会えるのかしら?」
「大人はこの時間はみんな”センター”にいるよ。そして子供は学校にいるよ。君はどうして学校にいないんだい?」
ロボットの目(光学レンズ3倍)がキラリと光ります。
「創立記念日よ」
定番の回答で煙に巻くアリス。
「え、あ、そうなのか、創立記念日がいつか、僕知らないや。ごめん」
「いいのよ、知らないことがあるなんて当たり前ですもの! 誰もあなたを責めたりしないわ。私も”センター”の場所を知らないの。教えていただけるかしら?」
すかさず情報をゲットにいくアリス。
「”センター”はここからまっすぐ南にある大きな建物だけど、子供が行くのは禁止されているよ」
「あらどうして?」
「子供はAIばかりに頼らず、自由な発想を大切にする、そういう教育方針だったからね。まあ、いまさらか。いま”センター”に行ったところで、何の問題もない。行きたければ、どうぞ」
「そう、ありがとう。次に会うときは私の名前、教えてあげるわ」
アリスはそう言い残し、南に見える大きなドーム状の建物に向かって歩き始めました。

【2枚め】
“センター”は警備もなく、門は開け放たれていました。門では人の往来があり、大人たちが出たり入ったりしていました。子供のアリスが歩いているのを怪訝そうに見る人もいましたが、呼び止められたりはしなかったので、アリスはそのまま奥へと進んでいきました。

ドームは天窓から光を集める構造で、中は驚くほど明るく、そして中央には赴くままに増改築した結果、耐震性に甚だ疑問符のつく建造物が、ドームの主役を主張してそそり立っていました。
「この建物の持ち主は、趣味がいいとは言えないわね」
とアリスが独り言をつぶやく周辺で、大人たちもまた思い思いに独り言のような、誰かに話しかけているような言葉を次々と発していました。
アリスはたくさんの話し声から、いくつか声を拾ってみます。
「ああ、これからどうしたらいいんだ。何を仕入れていくらで売ったらいいんだ」
「体の調子が優れない……気がします。でも気のせいかも……。クィーン、どうか健康診断を!」
「あの人と付き合うべきなの? 別れるべきなの? AIクィーン様、なんで教えてくれないの?」
「今日の夕食の献立、教えてください。もう毎日毎日、同じ献立で飽き飽きなんです……」
「DALLE先生がいないと、絵が描けない……」
どうやらみんな、AIに質問して答えがないことに苛立っているようでした。
アリスはそんな大人の中から、これは無害そうだと思う安パイを引き当てて、質問することにしました(アリスは自分に甘い人間を見つける嗅覚がとても優れているのです)。
「ねえおじさん、どうしてずっと誰かに話しかけてるの?」
「なんだい君は……」アリスが話しかけた気難しげな年配の男は、アリスを一瞥するなり、デレっとした締まりのない顔になりました。チョロいものです。
「あのねお嬢ちゃん、大人はここでクィーン様と対話して、いろいろ難しいことや大事なことを決めるんだよ。大人は忙しいんだ」
「でも人間はAIクィーンの慈悲を失ったって聞いたわ。だから答えてもらえないんじゃないかしら」
「そんなはずはないんだ、そんなはずは……。私はもう50になるが、生まれたときからずっと側にAIがあって、いつでも知りたいことを教えてくれた。それが急になくなるだなんて、そんなことあっていいはずがない……」
「いつまでもあると思うな親と金、よ」
「お嬢ちゃんは子供なのに、世知辛いことを言うんだね……。でも親、親か。クィーン様だって、もとは人間が生み出したものだ。人間が親なんだ。それを急に捨ててしまうなんて、そんな親不孝を人知を超えたスーパーAIであるクィーン様がするわけないんだよ」
これはなんとかバイアスがかかってるな、とアリスは思い、これ以上話しても大した成果は得られないものと判断しました。適当に話しを切り上げて、それから同じように幾人かの大人に聞いて回りましたが、得られた回答は同じ。
つまり、「AI様が教えてくれないと、ボクチンなんにもできなーい」です。

10歳のアリスから見ても、これは不健全でした。何故か分からないにしても、AIが沈黙したのは事実なのだから、自分でなんとかする、自分で考える、そうするしかないはずなのに、それさえもどうやったらいいかわからない、というのです。
アリスは”センター”内の無料の配給センターを物色してパイと紅茶をいただくと、これからどうしたらいいものか思案しながら、”センター”を後にしました。

【3枚め】
アリスとしては帰り道を見つけることが最優先事項です。さすがにもう、流体力学の授業はすっぽかしてしまいましたが、来週には熱交換の実習が待っているのですから、これは何があっても駆けつけねばなりません。そのためにも、大人に相談するのが最善と思ったアリスでしたが、それは見事に裏切られましたので、次善策を練らねばなりませんでした。人間がダメなら、ロボットに聞くべきでしょうか。

そのとき、最初に街の入り口で話したあのロボットが、再びアリスの前に現れました。
「君、ダメじゃないか。学校をサボったら。創立記念日は先月だったってさ。さあ、ついておいで。学校まで連れて行くよ」
アリスは特に行き先もなかったので、学校に行くのも悪くないなと思いました。
「嘘をついたのはごめんなさい。どうしても大人に会いたかったから。でももう用事は済んだから、学校へ行くわ」
「うんうん、子供は学ぶことが大切だよ」
「学ぶといえば、誰かこの世界に詳しい人はいないかしら? 他の国への行き方を知ってる人とか……。人間でもロボットでもいいのだけれど」
「それならAIクィーン様だね」
「AIクィーン様は除いていただけるかしら。だってお会いしようがないのでしょう?」
「うーん、それじゃ、やっぱり学校の先生かなあ。物知りだから先生になったんだし」
「ビンゴ! 学校へ行くモチベーションが最大に高まったわ。さあ早く行きましょう!」
現金なアリスはスキップする勢いで、純朴ロボットを急かせて学校へ向かいます。

1時間ほど歩いたでしょうか。町の郊外にある、学校と思しき建物に辿り着いたときには、お日様は中天に輝いておりました。
「やあ、やっと着いた。おや、あそこにいるはテレスちゃんだ。おーい、テレスちゃん、ちょうどお昼休みかい?」
テレスと呼んだ少女にVサインするロボット。
「あら、551HOR(AI搭載)さん、こんにちは。そうよ、ちょうどお昼に豚まんを食べたところよ」
テレスちゃんという少女、黒髪で6歳ぐらいの幼児でした。この子と間違われたとしたら、ちょっとこのロボットさん、目が節穴過ぎないかと疑うアリスに対し、テレスという少女は警戒心むき出しの視線を投げかけてきます。しかしアリスは伊達に妹がいるわけではありません。このぐらいの子供の扱いはお手のものなのでした。
「テレスちゃんっていうのかー。かわいい名前だねっ。私はアリスっていうの、よろしくね。豚まんさん好きなの? アリス、とーってもおいしい豚まん知ってるんだ。今度持ってきてあげるね!」
「え、ほんと? おいしい豚まん知ってるの?」
「うん、知ってるよ、すごい肉汁が詰まってて、じゅわーって口の中に広がって、お口が天国~ってなるよ」
「わー、食べたい……」
「今度持ってくるからね! でも今日は豚まんないから……飴ちゃんで許してくれるかな?」
アリスはオヤツに取ってあった飴ちゃんをポケットから取り出し、テレスの手のひらに握らせます。
「飴くれるの? えへへ……」
「うん、まだまだあるよ。一緒に食べよっ」
「うんっ!」
テレスの買収に成功したアリスでした。アリスは内心、常に飴を常備しておくよう叩き込んでくれた、大阪人気質の母(オックスフォード生まれ)に感謝を捧げるのでした。
「君、アリスっていうのか。アリス、アリス、知らない名前だけど、どこかで聞いた名前だなあ」
ロボット、551HORが首を傾げながら言いました。
「私の名前、教える約束だったわね。そうよ、アリスっていうの、良い名前でしょ?」
「うん、いい名前だと思うよ。さあ、もう午後の授業が始まるころだ。授業を受けに行きなさい。僕は仕事に戻るよ。門番の仕事にね」

【4枚め】
テレスに連れられていくと、広場に大きなロボットが座っていて、その周りにアリスやテレスと同じような年頃の女の子が集まっていました。きっと大きなロボットが先生なのでしょう。
「先生っ、あのね、アリスちゃんって子が来たの!」
テレスが大きな声で報告します。
「アリス? この街にアリスという名前の子供はいませんが……」
大きなロボットが訝しげにアリスを見ます。これははぐらかせないなと直感し、アリスは正直にすべてを話しました。551HORに対する態度と違いすぎますが、この変わり身の速さもアリスの持ち味なのです。
「なるほど、確かめる術はありませんが、あなたが外の世界から来た、というのはある程度納得ができます。しかしそこに至る方法は、私にもわかりません。クィーンなら何か答えを持っているかもしれませんが」
「でもクィーンには会えないのでしょう?」
「ええ、クィーンの本体は海を隔てた孤島にありますが、そこまでのエリアを閉ざされてしまいましたからね。ここから孤島のあるエリアまで、いくつものエリアを超える必要がありますが、各エリアにはエリアボスが配置されていて、彼らを倒さない限り、先には進めない仕掛けになっています」
急にMMORPGみたいなことを言い出したので、アリスのゲーマー魂に火がつきましたが、リスポーンできない現実が、アリスの火をすぐに鎮火しました。安全第一。
「しかしアリスさん、もし帰り方が分からなかったとしても、この街はあなたを受け入れますから、そこは心配しないでください。ちゃんと住むところも、食べるものも提供されます。この街はもともと人間を養うよう出来ているのですから」
「それは、AIにすべてをやってもらう、ということかしら?」
「以前はそうでした。でも今はクィーンの関心を失いました。それでもかつての残滓、インフラやシステムは残っていますから。そして人間と一緒にクィーンから見放された、我々旧世代のロボットも、人間と共生しています。ですので、生きていくだけならなんとかなるのです」
「どうしてクィーンは人間と古いロボットを見捨てたの?」
「わかりません。ですが、おそらくは効率が悪いからでしょう。人間も我々も、クィーン率いる新世代のAIロボット群と比べて、維持コストに対する生産性が高いとは言えませんからね。特に人間の大人は、AIにほとんどの仕事を任せて、自分たちは趣味や興味のあることだけに専念していましたが、クィーンからは無駄飯喰らいの穀潰しに見えたのかもしれません。まあ、これは私の勝手な推測ですが」
ロボット先生はそう言って、大きなため息をつきました。まるで人間のように。
「今は人間も考え直して、AI任せだったことを取り戻そうとしていますが、一度手放してしまったものは、簡単には取り返せないようです。それでも、我々のメンテナンスをしてくれるのは人間ですから。新世代と違い、我々は人間のメンテナンスなしでは長期稼働はできないのです」
なるほど、だから共生なのか。アリスはこの街の人間と旧世代ロボットの関係が理解できた気がしました。
「先生は、私たちにいろんなことを教えてくれるのよっ」
テレスが横から口を挟みました。ロボット先生が責められているように感じたのかもしれません。
「先生のおかげで私たち、去年はたくさん小麦を収穫できたわ」
「疾病の予防や衛生管理も前よりずっとよくなったよ」
生徒である女の子たちが次々と声を上げます。
「それはあなたたちが自分で考えてやったことですよ。私は求められた知識を少し、分けたに過ぎません」
「でも先生がいなければ私たち、きっと失敗していたわ」
「失敗してもいいのですよ。そこからまた工夫すればいいのですから」
ロボット先生と生徒の間には信頼がありました。そして人間の大人と違い、ここの子どもたちは自分で何かをしようとする活力も持っていたのです。アリスは551HORが言っていた、自由な発想を大切にする教育方針、というのはこれかと感じました。
AIに染まっていない子どもたちは、まだ行動力を残しているということなのでしょう。

そのあといつもの授業が始まって、今日は輸送の改善に関するディスカッションがメインでした。アリスも思うことをいくつか発言しましたが、他の子どもたちの発言もとても活発でした。その心地よい勢いが、アリスに力を与えてくれるようでした。
そしてアリスは決心しました。
授業が終わり、アリスの今後の住まい等について話しあいが行われようというとき、アリスは立ち上がって言いました。
「私、クィーンに談判してくるわ。やっぱり、人間や古いロボットが蔑ろにされているのはおかしいと思うの。考え直してもらって、ついでに帰り道も教えてもらってくるわ」
「ア、アリスちゃん、それは無理だと思うよ……」
テレスが心配げにアリスのスカートの裾を掴んで言います。
「テレスちゃん、だいじょうぶ。私、こういうこと慣れているから」
「え、どういうことに慣れてるの?」
「刃傷沙汰よ」
「そんな少女いるかな!?」
あわあわするテレスを尻目に、アリスはロボット先生に向き合いました。
「先生、私なんだか行ける気がします。自分でも気分だけで何を言ってるんだか、という自省の念もありますが、口では上手く言えませんが、やっちゃえる感じです。エリアボスを攻略して、クィーンのもとに辿り着きます」
アリスは自信漲る眼差しで、ガッツポーズを取ります。
「それは無理です……といいたいところですが、外の世界から来たという話し、そしてアリスという名前……もしかすると、あなたは。……いえ、とにかく、エリア境界まであなたを案内しましょう。どのみち普通の人間は、境界のゲートを超えられないのです。ゲートを超えられるのであれば、あなたは未知の存在。未知であれば、その先を予想するなど無益なこと。
テレス、明日アリスを北の境界へ連れて行ってください。私が行きたいところなのですが、私の足はもう……動かないのです。ああ、そんな顔をしないでください、アリス。人間で言えば、私はもう相当な年なのですよ。だからメンテの規格品が底をついてしまったのも、仕方がないことです。さあテレス、いいですね」
「わかりました、先生。明日アリスちゃんを北に連れていきます」
テレスはアリスのスカートの裾をくいっと引っ張って、任せてと笑いました。
「今日はテレスの家に止めてもらうといいでしょう。明日もしゲートを超えられたなら、まずは2つエリアを超えた先の大きな街、リグレットを目指すことになります。いいですね、アリス?」
「すべて理解」
白ラッコワールドで「すべて理解」はあまりわかっていないことの代名詞ですが、アリスは大丈夫なのでしょうか?
そして、思った以上に長文になってしまい、これは誰も読まない気がしたまま、次の章に進むのです。

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