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平陽公主

使用したAI Dalle
隋の大業十三年、唐国公李淵遂に挙兵す。

父李淵の意を受けて兵を率いるのは長子李建成と、大志を抱く十九歳の次男李世民である。

夫から遂に挙兵の意を打ち明けられた観音婢であったが、懸念がある。

政治的軍事的な事ではなく家庭の事でもあるから、観音婢も口は出しやすい話題であった。
「....二哥、長安におわす義兄上と義姉上の御身が心配ですわ。」

...ここで言う「義兄上と義姉上」とは、後の凌煙閣二十四功臣の一人、柴嗣昇(柴紹)と、その妻にして李淵の娘で、夫以上に中国史に不朽の名声を残すことになる平陽公主(本名は不明)の事である。

(平陽公主が李世民の姉であるか妹であるかははっきりしないが、この後の事績から考えて姉である可能性が高い。本作では姉として扱う)

夫婦は今長安にいるが、李淵が隋に反旗を翻すとあらば無事ではいられぬ。唐側の言い分は天下万民の為の挙兵でも、隋の立場からすれば大逆罪以外の何物でもない。

九族族滅に値する罪である。

当然、嗣昇と公主も同罪という事になる。

....観音婢が思うに、李淵らは事を起こす以上、長安の娘夫婦にも事前に意を通じている可能性が高い。手をつかねて殺されることを待つことはあるまいとは思うが、心配ではある。

特に観音婢は、女性ながらにして兵書を読み、武芸を嗜み、英雄の風格を持つ義姉が好きであった。

世民はやや思案顔になったが、妻に差しさわりない範囲では話しておこうと思ったようだ。
「...うむ、そうだな。義兄上も姉上も人並み優れた方だ。むざむざと殺されはすまい」

「今だから言うが、姉上にはこの度の決起の意は密かに伝えてあるのだ。隋の役人共に怪しまれぬためにも、お二人には敢えて長安に留まってもらったのだが、今頃は脱出の手はずを整えておられるに違いない」

「姉上がどのようなお方か、観音婢も知っているだろう。この私ですら武芸では姉上に敵わぬ。そして兵法も深く嗜んでおられるのだ。隋の役人共の手に負えるものか。必ずや良策を巡らし、義兄上共々我が陣営に馳せ参じてこられるに違いないぞ」

...

観音婢と平陽公主の出会いは、四年程前に遡る。

北魏を建国した鮮卑族の名門、長孫氏から数え十三歳で李家に嫁いできた観音婢だったが、新婚の後まずは膨大な親族への挨拶回りをせねばならぬ。

...率直に言って当時、李家の女たちに観音婢の評判は芳しくなかった。

彼女たち曰く
「貧乏くさい小娘」
「陰気くさい小娘」
「面白味のない小娘」
「女だてらに書物ばかり読んでるとか生意気」等々

鮮卑族は南北朝を通して著しく漢化したものの、元は草原の騎馬民族である。

そして草原の世界では女性の地位は漢族よりずっと高い。

女性が馬に乗ったり、武芸を身につけたり、政治の世界に関わることも普通にあった。

観音婢は控えめな娘ではあったが、幼少よりとにかく学問が好きであった。

実家にはそれを許容する空気もあった。

...しかし漢族の女性たちには甚だしく受けが悪いらしい...
(なお、李家自体は漢族を自称しているが、実際には漢化した鮮卑族の可能性が高い)

そんな観音婢にとって、夫の世民が観音婢の学問好き、特に歴史好きを手放しで認めてくれることだけが救いであった。

世民は古の英雄たちに憧れが強く、歴史を深く学んでいる観音婢の話に目を輝かせて聞き入ってくれた。

観音婢にとってはそんな反応を示してくれる相手は、世民が初めてだった。

この人と結婚してよかった....その思いを観音婢は終生持ち続けることになるが

もう一人、観音婢を心底認めてくれる人がいた。

それが義姉の平陽公主であった。

何しろ己自身が学問どころか、兵法や武芸に熱中している女である。

...初めて、義姉に挨拶に行った時、この強烈な自我を持つ義姉は初手から観音婢という地味な小娘を気に入っていたらしく、観音婢は質問攻めにあった。

それも好意溢れる形での

観音婢は問われるがままに、好きな書物や、尊敬する古人を語ったが、この豪快な義姉はその悉くを観音婢以上に熟知していて、観音婢は驚いた。

率直に言って、自分より深く学んでいる女性に会ったことがなかったのである。

世には、こんな女性もいるのか....と観音婢はたちまちこの義姉に魅せられたのであった。

「....観音婢、親戚の女どもが何を言おうと気にするな。この私を見ろ。幼少より武芸も学問も父上以外の周囲が寄ってたかって辞めさせようとしたが、私は意にも介さなかった。燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、とはこのことだ。小人共に私の大志はわからぬ」

大貴族の女性にあるまじき豪快な笑い方だけは観音婢は真似ようとは思わなかったが....

「....身贔屓を抜きにしても、この家の男たちはなかなか悪くないぞ ? 父上は私が女だてらに武芸を嗜むことも学問を修めることも手放しでお認めになるような方だ。決して何か特異な才をお持ちな訳でもないが、その一点だけでも尋常なお方ではあるまい」

「世民もちょっと変わっているからな。あの子はやはり歴史上の英雄豪傑がとにかく大好きで、私も色々教えてやったものだ。観音婢がそれだけ歴史に詳しければ、女だてらにとか余計なことを考えるよりも先に、絶好の話し相手が出来て喜んでおるだろうよ」

...そうか、あの夫が観音婢の話に食いつくように聞き入ってくれるのは、この義姉上のおかげでもあったのか...と観音婢はますますこの義姉が好きになったのである。

...

「...観音婢、余はな」
李世民が熱っぽく語る言葉に、観音婢は我に返った。

この若き李淵の次男は、姉夫婦の安危については余り心配をしておらぬらしい...平陽公主の武勇と智謀を絶対的に信頼しているのだろう。

「余は、姉上と轡を並べて戦陣に赴くことが夢だったのだ。姉上と用兵の妙を競い、共に功名を立て、大業を成し遂げる日をずっと思い描いていた。その時がやっと来たのだ」

結婚した当初は、夫である少年の微笑ましい大言壮語と思っていた...しかし、今の観音婢は、この人ならば確かにやるかもしれぬという確信に近い予感がある。

...しかし、一つ気がかりは夫が長兄である建成について、ほとんど語らぬことであった。

険悪ではないにしろ、世民は兄に対して一種の隔意があるらしい。

平時ならばともかく、この度の決起においては健成と世民の二人が李淵の両翼を固めるのだ。

その兄弟に意思の疎通が欠けておれば大事に至りかねない....しかし、さすがに観音婢もそこまでは口を出せないことであった。

...

そして約十年後、観音婢の懸念は最悪の形で現実として具現化することになる。

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