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Death of Cicero

使用したAI Dalle
「...キケロにはここで死んでもらう」
ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌスは、凍てつくような無表情でそう一言口にしたのみであった。

絶世の美貌の持ち主であるだけに、却ってその趣きは凄惨ですらあった。

...

紀元前43年冬の事である。

ムティナの戦いの後、若きカエサルはキケロの勧告を無視して全軍を以て首都ローマを制圧、事実上元老院を支配下に置くことに成功した。

しかしそれは終わりではなく、分裂した国家ローマを再統一し、亡き大カエサルの志を継承する為の戦いの始まりに過ぎなかったのである。

いまだ二十歳のカエサルにとって、妥協せねばならぬ現実は多く存在した。

正式にユリウス・カエサル家を継承し、執政官という最高の官職も手にしたカエサルではあったが、最晩年の大カエサルのような最高権力者になった訳では勿論ない。

まず、最終的には戦場で雌雄を決することになるであろうマルクス・アントニウスと、旧カエサル派の重鎮だったレピドゥスと、第二次三頭体制という同盟を組むしかなかったことである。

彼らはいずれも潜在的にカエサルのライバルであったが、元老院の共和主義者たちを打倒するという目的の為には一致することができた。

そして彼ら三頭がまず着手したことは、粛清者名簿の作成と裁判なしの処刑、追放、財産没収の強制執行だった。

百人単位の元老院議員と千人単位の騎士階級が即処刑組に名を連ね、裁判なし、問答無用の死刑執行で殺されたとされる。

これらは表面的には、大カエサル暗殺に関与した共犯者の摘発とされたが、その本当の目的は、元老院に生き残る共和主義者たちを粛清することと、

実に身も蓋もない理由ではあるが、それぞれの軍団の兵士たちに支払う給料を、富裕層を粛清し財産を強奪することで調達する目的もあったのである。

...そして、その粛清者名簿の栄えある筆頭に名を連ねたのが、元老院の第一人者とも言うべきマルクス・トゥリウス・キケロであった。

キケロは大カエサル暗殺に直接関わっていた訳ではない。

しかし、思想的に大カエサル暗殺犯と同志であった事、更には大カエサル暗殺後の政局でマルクス・アントニウスを弾劾し、三頭の筆頭とも言うべきアントニウスの憎悪を買っていたことが大きかった。

何しろ粛清者リストの筆頭である。

...ここで、キケロに対してやや複雑な感情を有していたのが若きカエサルであった。

カエサルにとっては、キケロは大カエサル暗殺者たちの事実上の共犯者としか言いようがない。

しかし、大カエサル暗殺後の政局において十八歳の若きカエサルは心ならずもキケロと手を組む羽目になり、その際にカエサルはキケロを利用するだけ利用した...という経緯があった。

当時のカエサルは、アントニウスを失脚させる為に元老院、具体的にはキケロの力を利用する必要があったのだ。

その為に、カエサルは帝政樹立への野心をひた隠しにして共和制支持者を装い、完璧にお人好しのキケロを騙してのけたのである。

その意味においては、カエサルはキケロに恩義...とまで言わずとも少なからず借りはあった。

キケロのアントニウス弾劾も、裏ではカエサルが使嗾してそうさせた一面も確実にあったのである。

当時のカエサルはアントニウスによってユリウス・カエサル家の遺産を横領され、窮地に陥っていた。

散々苦労して借金を重ねて窮地を脱したのだが、アントニウスを排除する為にキケロがカエサルを利用した一面も勿論あるが、それを逆に利用して己の地位と利益を確立したのもまたカエサルだった。

更に、カエサルは個人的な感情としてキケロを憎むことができなくなっていた。

確かに暗殺犯たちとは思想的に共犯としか言いようがなく、実質的な君主制...後の帝政樹立を目指すカエサルと相容れぬ存在であることは間違いない。

しかし、不本意ながら彼と親しく接していくにつれ(少年呼ばわりされたことは心底不愉快だったが)、立場は違えど、キケロはキケロなりに愛国者であることは十分にわかった。

その共和制信仰は理解できないが、その愛国心は理解できる。

カエサルとしては内心、一定の敬意は抱くようになっていたのである。

....

そういうカエサルの内心を、マルクス・ヴィプサニゥス・アグリッパは全て理解しているつもりであった。

だから処罰者名簿を見てまず、アグリッパは親友にして主君である若きカエサルの表情を伺ったのだった。

いつものことではあるが、若き主君の凍り付くような美貌と無表情から出たのはただ一言
「キケロにはここで死んでもらう」
であった。

「...いいのか?」
アグリッパが思わず問い返したほど、カエサルの返答は簡潔を極めた。

「いいも悪いもない。キケロにはここで死んでもらう。この先、キケロにとって幸福な未来など絶対に存在しないのだ。寧ろここで死んだ方がキケロの為かもしれぬ。アントニウスがわざわざ汚名を被って手を汚してくれるならば、私が手を下す必要がなくなって却って手間が省ける」

...恐ろしい人だ

無二の親友ではあるが、こういう時のカエサルの冷徹、非情、更には悪辣さにはアグリッパですら寒気を覚えることがある。

共和主義者たちは今後いずれにしても、どこかでカエサルの敵に回るのである。

結局は戦場で殺すか、政治的に粛清するしかないのだが、どうせ殺すならアントニウスの手を借りてやった方が良い、むしろ、積極的にアントニウスに手を汚させるべきだ。

少しでも己の手を汚さずに済むからだ。

アントニウスが共和制シンパの憎悪を一身に浴びてくれることで、その陰に隠れることができるカエサルには有形無形の形で大きな利益がある。

カエサルはそこまで計算して物を言っているのだ、とアグリッパにもわかるからだ。

「キケロを殺したアントニウスの共犯」という立場にはならざるを得ないが、少なくとも主犯にはならずに済む。

この場合、その差は大きいのである。

現にこの後、キケロの息子は終生アントニウスを憎み続けるが、後年カエサルに帰順して忠誠を誓い、最終的には属州総督にまで上り詰めている。

...

氷のような美貌のカエサルは、その風貌そのままの凍てついた口調で言葉を続けた。
「...とは言え、アントニウスとレピドゥスだけに手を汚させる訳にも行かぬ。あの二人だけを悪者にして私だけが善人面をしていられるほど事態は都合よく進まぬ。今後の三頭内における私の発言力にも関わってくるからな。そして結局の処、我が軍も金は必要なのだ」

「アグリッパ、君には不本意な仕事かもしれぬが我が軍団も動かしてくれ。共和制シンパに憎まれそうな大物はアントニウスに任せて、我々はまず金を手に入れそう」

...つまり、裕福な騎士階級を狙おうという事か

アグリッパは陰鬱な気分を抑えかねたが、主君の言い条は理屈の上では尤もである。

「...わかった。私は君を信じてここまで来た。私の命ある限りそうあり続けると、私は君と、そして天上の大カエサルに誓った。君が大業の為に手を血で汚すならば私も汚そう」

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