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とある神学者の手記

使用したAI TrinArt
かくして、セントレイク、シラクレナ、ヒノイ、そして我らフェンテスを含む4か国を巻き込んだ一連の動乱は幕を閉じた。

この動乱には未だ解き明かされぬ様々な謎があり、戦場の霧に紛れた隠された事実や表沙汰には出来ぬ陰謀があり、それらは時間の経過と共に解き明かされるものもあれば、あるいは秘密は秘密のまま忘れ去られていくものもあるだろう。
とはいえ私は隠された真実を解き明かそうと使命感に駆られた探求者ではなく、またジャーナリストでもない。
最先端科学技術が発達し、機械化文明を享受するフェンテスにおいては異端に属するであろう一人の神学者に過ぎない。

おかしな話だろうか。私自身もまた電脳化と機械化により寿命を克服している身でありながら、超自然的な神学論に傾倒するなど、と。

無論、それらの指摘は私も自身の耳でさんざん聞いてきたものである。あるいは馬鹿にされ、笑いものにもされてきた。
神学などカビの生えた時代遅れの学問だとまで言われたものだ。まあ、非常に耳が痛い指摘ではある。しかし、老人の愚痴混じりの私情は省くとしよう。

この動乱において――少なくとも私の知る限りの歴史を紐解いた上で、人類は史上初めて『神』の実在を観測したのだから。

自然科学の分野において、あるいは哲学の分野において、そしてもちろん神学においても、果たして『神』が実在するかという命題は常に熱心な議論が戦わされてきた。
神とは何か。独立した人格的な存在か。自然の象徴として信仰の対象となった存在か。あるいは一種の物理的な法則としてのみ扱うべき存在か。

とはいえ、この動乱において『神』は4か国――すなわち4つの世界に干渉し、それぞれの国土、国民、そして国土に生息する生物、動物、微生物を含め、兆から京にも達するであろう単位で干渉し記憶と意識を保持したまま丸ごと異世界へと転移させるという信じ難い現象を引き起こした。
これらはまさに、神の御業という表現に相応しい偉業、あるいは恐るべき力である。
これが再現性のあるものなのか、あるいは神にとってさえ、ただ一度きりしか叶わない『奇跡』なのかは、この際どうでもいい。私にとって興味があるのは、ただ一つの命題である。

「ならば、それぞれの世界に神はいるのか?」

一つの例を挙げるとするなれば、シラクレナには古来から国を見守る神狐なる存在がいると言い伝えられているそうだ。果たして神狐には同じような神の権能を行使することは可能なのだろうか?

――…まあ、確かめようもないことではあるのだが。しかし、後世の賢者達にささやかな望みを託すことは出来る。

この動乱による途方もない犠牲と無数の悲劇を代償にしてではあるが、『神』の実在は証明された。一人の倫理と道徳を保持するべき人間としては喜ぶことなど出来ないが、これは神学者として記録に残しておくべき歴史の一里塚であると思う。

古来、自然科学の発達を促したのは神学を出発点とした人間の探求心だった。
神とは何か。神が創造した世界とは何か。神の似姿たる人間の体の仕組みとはどういうものか。神との対話が論理と倫理、契約と数学論へ。神の探求が天文学を、神の似姿である人体への理解が医学を。
では、『神』の実在を前提にした学問とは一体何か。それは無論、『神』との交流である。

――…嗚呼。読者諸賢には、どうか笑わないで欲しいと心から願う。私は至って大真面目なのだ。

古来、『神』の声を聞いたとする聖人聖者がどれほどいただろうか。あるいは預言者が、あるいは神秘主義者が、無数の詐欺師達がいただろうか。
残念ながら、それらの真偽を確かめる手段は存在しなかった。『神』の実在が証明されていないのに、どうしてその声を証明できるだろうか。
しかし、今や『神』の実在は事実である。
果たして『神』が独立した単一的存在か、同様の権能を持つ同格の存在が複数いるのか、それらは不明であるが、ひとまずそれらは脇に置く。

我々は『神』へと干渉が可能なのだ。『神』が我々に干渉したのと同様に。
例え『神』が世界を滅ぼそうとしても、人はそれを阻めるのだと証明された。
ならば、次に人が手を伸ばすべきは『神』の領域である。

禁忌? 人の体を機械化し、寿命という生物学的限界を克服したフェンテスにおいては、それは全く無意味な単語である。

我らは『神』と対話しよう。『神』と交流しよう。『神』と交渉しよう。
あるいは、今回の動乱と同じように悲しむべき衝突を招くかもしれない。相手は不遜な人間という種族に対し天罰を与えんとする『神』かもしれない。それが新たな不幸と悲劇と衝突を生むかもしれない。

しかし、それでもなお人は未知を求めずにはいられない。
おお、『神』よ、我らを許したまえ。それは、かくあれかしと『神』が望んだものなのだ。
いつの日にか、『神』の領域に我らは至る。

――未来は、流星の彼方に。


【後年、この手記は二筋の流星として明けの夜空を流れる光を描いた額縁の裏から発見された。
 フェンテスにおいては不遇の存在であった神学者は、この手記を羊皮紙に万年筆で記すという時代錯誤ともいうべき古風な手法で書き残したのだ。
 あるいは、手記が人知れず朽ちても良いとさえ考えていたのだろうか。
 なお、この風景画は後に『グランシュライデ動乱』と呼ばれた一連の出来事の終わりに、勝利の暁の光で大地を照らした夜明けを描いたものだと伝わっている】




設定引用元
ユーニャルーラ様作『二人だけのエピローグ』
https://www.chichi-pui.com/posts/9f4ab3af-0e6c-4c08-8e30-d000ace06ae1/

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