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放課後の静かな教室。窓から差し込む冬の冷たい夕陽が、教室を淡い橙色に染めていた。新米教師の紫峰 怜花(しほう れいか)は、始業式が終わり慌ただしかった一日を振り返りながら、最後の見回りをしていた。
そのとき、2年A組の教室から微かな音が聞こえてきた。

そっと覗いてみると、そこには狭霧 華蓮 (さぎり かれん)がいた。彼女は一人で机に向かい、集中して筆を走らせている。その真剣な眼差しと力強い筆遣いに、怜花は驚きつつも、静かに声をかけた。

「狭霧さん、こんな時間まで残ってたのね。何をしているの?」

突然の声に、華蓮は驚いて手を止めたが、すぐに冷静な表情を取り戻し、筆を持った手を膝の上でそっと重ねた。

「あ、先生……これは……書初めを練習していただけです。」

「書初め?」

怜花が近づいて机を覗き込むと、大きな半紙に力強い筆跡で書かれた「餅」という一文字が目に入った。

「……『餅』?」

意外な文字に紗季は思わず笑みを浮かべた。普段の華蓮の落ち着いた雰囲気や品のある立ち振る舞いからは、想像もつかない選択だ。

「これ、新年の抱負を込めた書初め?」

怜花の問いに、華蓮は少し頬を赤らめながらも、真剣な表情でうなずいた。

「そうです。今年一年、絵に描いた餅にならぬよう、字に書いた餅にならぬよう、実現できる目標を立てるという意味を込めました。」

その堂々とした説明に、怜花は感心したように頷いた。

「なるほど、深い意味が込められているのね。さすが狭霧さんらしいわ。」

そう言いながらも、怜花はどこか違和感を覚えた。華蓮の表情に、ほんの少し躊躇いの色が浮かんでいるように見えたからだ。

「でも……本当は別の理由なんじゃない?」

そう尋ねると、華蓮は一瞬きょとんとした顔をした後、観念したように小さく笑った。

「……バレてしまいましたか。本当は、お正月に餅を食べすぎてしまって……ちょっと太ってしまったんです。おいしいけど、憎らしい存在なんです。」

その告白に怜花は思わず吹き出しそうになったが、慌てて手で口元を隠した。

「そうだったのね。でも、それを抱負に繋げるなんて発想が面白いわ。」

「まぁ、本当は反省の意味を込めて書いたんです。でも、書いているときは楽しくなってしまって……」

二人の笑い声が教室に響く中、寒い冬の夕暮れも少しだけ温かく感じられた。

翌日、廊下には華蓮の「餅」の書初めが飾られていた。生徒たちの間で「餅」に込められた意味が議論される中、怜花は一人だけ控えめに笑っていた。

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