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「ビール万歳」

進学先の大学は、実家から電車でニ時間ほどの距離にあった。

元々、一人暮らしをしてみたかった僕は、ここぞとばかりに、親に、キャンパスの近くにアパートを借りたい、と相談を持ちかけたのだが、うちにそんなお金はない、と一蹴されてしまった。

正直、お金の問題というよりは、僕に、一人暮らしをする力があるとは思えないのだと思う。
確かに、怠け癖があるのは認めるし、自堕落な生活にならないと約束はできない。
ただ、それでもニ時間かけて大学に通うなんて、今まで近所の学校に通ってきた僕には無理だ。

どうしようか。そう考えている間に、月日は流れ、気付けば、入学式まで一ヶ月を切っていた。

もう勝手に、部屋を借りてしまおうか。
そして家出同然で、実家を出てしまおうか。

焦った僕は、柄にもなく、そういう大胆な手段に出ようとも思ったが、学費や仕送りに思いを馳せたとき、それらの思いつきは、現れたときと同じように、パッと消えてしまった。

当然ではあるが、そんな手段で家を出れば、仕送りなんて送ってくれないだろう。自力で、学費と生活費を、賄うにも、限界がある。

――電車で片道ニ時間、往復で四時間の通学……。
一日、一日と経つにつれ、それが現実になろうとしていることを、そしてそれを受け入れる他ないことを、実感するのだった。

人生の夏休みとも言われる、大学生活が始まるというのに、僕は夢や希望とは無縁の日々を、だらだらと送っていたわけだ。

そんな僕の気持ちを一変させる出来事があった。
家族で夕飯を食べていた時に、ふと父から、このように言われたのだ。

「お前、大学はどうするんだ?」

「どうするって?」

「ほら、実家から通うのか?」

「ああ、そのつもりだよ。実家を出るの、許してくれないんでしょ?」

「いや、一人暮らしは早いと言ってるんだ。実家を出る分には、かまわない」

「どういうこと?」

「実は、お前の従姉妹の○○ちゃんが、その大学の近くに住んでるみたいで、居候させてもらったら良いんじゃないか、と思ってな」

○○ちゃん。確か、父の兄の娘さんで、四つぐらい年上だったと思う。あまり会ったことはないけど、小さい頃、法要かなんかで、親戚の集まりがあったときに、公園で遊んでくれたのを覚えてる。

まさか、こんなことってあるんだろうか。
ひとまず、通学はだいぶ楽になるぞ……。

でも、迷惑じゃないだろうか。

「それ最高なんだけど、○○ちゃんは嫌がらないかな」

「兄貴が言うには、家賃を折半してくれるなら、良いとのことだ。元々、友だちとシェイクハンズしてたみたいで」

「シェアハウスじゃなくて?」

「そうそう。だから、部屋も余ってるらしくてな」

家賃を折半。こちらとしても、費用を抑えられるし、ありがたい……。
それに、自分の部屋もあるなんて、好都合すぎる。

「それって、マジで最高だよ」

「良かったなぁ。じゃあ、伝えとくわ」

こうして、急遽、僕は、あまり知らない従姉妹の家に、居候させてもらえることになった。

そして、いま、僕はまさに、居候先の家にいる。

ここに来て、一週間。
とにかく毎日が楽しい。

○○ちゃん家は、キャンパスから徒歩十分くらいにあるアパートの四階にあって、駅が近いからか、周りも飲食店などで賑わっていた。

ここに来て、今更ながら、僕の実家がどれほど自然に囲まれた、未開の地であるかが、よく分かった。

まさか、家から五分の距離で、三個もコンビニがある世界が、この世に存在しているとは。
FMチキ、NNチキ、ERチキを、気分によって自由に買い分けることができてしまえるとは。

そして、窓からの景色も、新鮮で飽きない。
これは都会に真新しさを感じられる、田舎者の特権なんだと思うのだが、窓のすぐ下に見える大通りに目を向ければ、個性的な車が走っているのを、絶えず観察することができたり、歩道を見れば、地元ではあまり見たことがないファッション(地元で着たら、間違いなく噂になるような)を身につけた人を、すぐに発見できたりするのは、実に楽しい。

ただここでの生活をもっとも彩ってくれるのは、彼女の存在だった。
彼女とは、もちろん、居候先の○○ちゃんのことだ。

僕は、○○ちゃんを一目見たときから、好きになってしまった。
あまりにも顔がタイプで、こればかりは、理性ではどうにもならないことだった。
それに話してみると、性格も明るくて、親しみやすかった。

とはいえ、当分は、一緒に暮らすのだから、変な気は絶対に起こしてはいけない。

それは、居候させてもらってる身として、当然のエチケットである。

ここへ来て初日の晩、まだ慣れないベッドで寝る体勢を整えながら、そう心に決めたのだった。一週間経った今も、その心はいささかも変わってはいない。

彼女を実の姉のように思って、あくまで家族として、慕うように意識している。

ところで、○○ちゃんは僕とは別の大学に通う学生なのだが、春休みの間は、夜勤のバイトをしていて、昼はいつもリビングのソファで寝ているのが常だった。

今日も、いつも通り、窓際のソファで、寝ている。
そして僕もまたいつも通り、少し離れたところにある椅子に座って、彼女を眺めている。

疲れが溜まっているのだろうか。
彼女が足を伸ばしている机には、コロナビールの空き瓶が、三本ほど並んである。

しかし、今日も変わらず、綺麗だ。
いやいや、美人だ。変な気は起こしていない。彼女は家族だ。ただ、彼女が姉だとして、姉を美人と言ってなにが悪い。美人というのは、事実なんだ。

「はぁ〜」

突然、彼女が伸びをした。
僕は即座に、目を伏せ、そばにある雑誌を手に取った。
しかし、どうやら目が覚めたわけではないようだ。
目を閉じたまま、言葉としては不完全な単語を、ぽつぽつと言っている。まだ酔いが回っているのだろうか。

そして、楽な体勢になりたいのか、机に伸ばした足を曲げて、ソファの上で、胡座を組もうとしている。

彼女が太ももを横に広げたその時だった。

僕は、見てしまった。否、見えてしまった。
その瞬間、その刹那、時が止まったかのようだった。
あまりの衝撃で、脳の処理が追いつかなかったのかもしれない。

あの憧れの彼女のソレが、いま、僕の目の前で、露わになっているのだ。

いや、なぜパンツを穿いていないんだ?
酔った勢いで、脱いでしまったのだろうか。

ああ、コロナビールよ、ありがとう。

僕のモノは、ズボン越しに、完全に隆起していた。
それは、生物として当然の反応だった。
なぜなら、本来、彼女のソレは、行為をするときにしか見ることを許されないはずのものであるからだ。

僕の体が、ソレを晒している目前の女性と、子孫を残すんだ、と勘違いをするのも無理はない。

彼女が家族である、という僕の理性が働きかけた、精一杯のおまじないは、彼女のソレを前にして、もはや何の意味も成さなくなってしまったのだった。

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