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Caesar, not the king

使用したAI Dalle
「カエサルは」
マルクス・ヴィプサニウス・アグリッパは、独語するように呟いた。
「王になりたかったのだろうか」
アグリッパは、「彼」に問いかけた訳でもなく、自分でも意識して発した言葉ではなかった。

寧ろ、「彼」から反応があったことに驚いたのだ。

「カエサルが目指していたのはそんなものじゃない」
普段物静かな「彼」にしては珍しく、怒りが籠っているような声だった。

「彼」と付き合い始めてから2年もたっていないが、アグリッパには誰よりも自分が「彼」を理解している自信...というか根拠のない自然な確信がある。スペインで共に死線を超えた後は、莫逆の友と言ってもいい仲だと思う。

それでも尚、「あの日」以降の「彼」には、アグリッパの理解を超える「何か」が宿っているような気がしてならない。

非現実なまでの「彼」の容貌の美しさは今に始まったことではないが、「あの日」以来、「彼」の瞳には「何か」がある。

ローマ人にしては信心深い方でもないアグリッパだが、「あの日」以降、「彼」の瞳に見る度に、人智を超えた想像を絶する深淵を覗き込んでいるような、その深淵に吸い込まれていきそうな畏怖を感じることがあった。

今、この瞬間の「彼」の瞳には、その恐怖すら感じるほどの「何か」が確実にあった。

ともあれ、誰に発した訳でもない独り言にいつにない激しさと共に反応した、普段それほど饒舌でもないこの親友と、アグリッパし少し腰を据えて会話を交わす気になった。
「では、カエサルは何を目指していたというんだ」

「今まで、誰も見たことがない、想像したことがないものさ」
訳の分からないことを言うとアグリッパは思ったが、とりとめのない返答よりも、「彼」の異様な気迫、というか「彼」の瞳に宿る「何か」から目を逸らすことが出来なくなっていた。

「そんな答えじゃわからんぞ」
「君はアレクサンドロス大王を知っているか」
「彼」の言葉はまたしてもアグリッパの意表を突いた。

「まあ名前と大まかな業績位は知っているが....大王は王じゃないか。カエサルが目指していたものが王でないと言うなら、なぜ大王を持ち出す?」
庶民の出であるアグリッパは大した教育は受けていないが、その頭脳は明晰だし、その為に生前のカエサルにも見出されたのだ。その疑問は理に適っている。

「大王がやろうとしたことが、というかやりかけていたことだけが、かろうじてカエサルの目指していた理想に少しは近いとは言えるからだ」
「どういう意味だ」
アグリッパには、まだこの絶世の美貌と、併せて信じがたいほど虚弱体質の親友が言おうとしていることが正確につかめなかった。

「君は、大王が最後に征服した最大版図に、どの位の人口がいたかわかるか?」
「....考えたこともないな」
「その版図に、どの位の民族が住んでいたかわかるか?」
「....わからん。そもそもそんな文献もないだろう?」
「ないな。僕にもその正確な数はわからないさ」
「なんなんだ。ではその問いに何の意味がある」
アグリッパは、少し腹が立ってきた。「彼」が決して無意味な戯言を弄する性格ではないことはよく知っているが、焦らされるのも好きではない。

「一方、僕たちの国家ローマの現在の総人口を知っているか? 属州民の数も含めてだぞ」
「.....」
アグリッパはまたも返答に詰まったが、「彼」が話題の核心に触れようとしていることは直感的に察知していた。

「君には正確な数はわかるまい。それも当然だ。僕だってその正確な数はわかってないし、カエサルでさえ属州民を含めた総人口まではわかっていなかったかもしれない」
「...その人口と民族の数を持ち出した君は結局何が言いたいんだ」

「....僕が知りえる範囲で、現在のローマ市民権者の総人口は恐らく数百万の単位だ。ローマだけで百万近い人口がいるんだからな。それに属州民を加えると、恐らく現在の我らが国家ローマの総人口は千万人の単位だ。そして彼らはこの広大な帝国の各地に分散して生活しているんだ。しかも、属州の地理、人情、歴史、文化はそれこそばらばらだ」

「...確かにそうだ」
「彼」が指摘していることは、言われてみるとその通りだが、アグリッパにもようやく「彼」が言おうとしていることが朧気ながらにも見えてきつつあったかもしれない。

「これだけの広大な帝国、しかも、そこには無数の人、というだけではない、それぞれ別の歴史や文化を持った無数の民族がいるんだ。そして、これだけ国境が広大になってしまえば、外敵も一通りではない」

「ガリア、アジア、アフリカ、それぞれの国境線でそれぞれの状況に応じて戦わなければならないんだ。更に言えば、その外敵と戦う為にはまず内政の充実と国内の治安維持は絶対の前提条件だ。これだけ広範囲の国境線を抱えて内乱なんか起こしている余裕はないんだ。そして、僕たちローマ人はそれらの状況を全て把握してまとめていかなければならないんだ」

「彼」の声はどちらかといえば静かだし、しかも話し方が壮絶に淡々としているので、その点カエサルのような名演説家からは程遠い印象がある。

しかし、アグリッパは「彼」の言葉を聞くことがいつも好きだったし、「あの日」以降の彼には、なんというか一種の神韻のような犯しがたさがあって、アグリッパはそれに魅せられてしまっていると言ってもいいのかもしれない。

そして、まるで自らをこの国家ローマの指導者に擬するが如き言葉も、半年前の彼ならばともかく、今の「彼」にとっては不自然な言葉にもなりえない

「カエサル」の名を受け継ぐ彼には。

そう、「あの日」から彼は別人、とまでは言わないまでも明らかに何かが変わった。カエサルの死を知らされ、その遺言をもってカエサルの名を受け継ぐべき身であることを告げられた「あの日」から。

「....君は、そんなローマを、今の元老院が、それもローマ本国しか知らないような数百人の元老院議員が悠長にいちいち議論して治めていけると思うか?」

「彼」....この時十八歳のガイウス・オクタヴィウス、いや、新しいガイウス・ユリウス・カエサルの言葉は、雷鳴のようにアグリッパの脳を貫いた。

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