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シラクレナ南部、ヒノイと接するシオン藩の森の中、ツバキは樹上で周囲に目を光らせていた。

遡ること数刻前。烏狼(うろう)の里でヤナギと里長達が集って相談事をしていた時の事。
近頃、ヒノイの者と思われる若者が度々このシラクレナの地へ侵入しているらしいということ。
目的は不明だが、恐らく偵察だろうということ。
現時点で敵対はしていないが、万が一に備えて追い返すべきではないかということ。

「そうなると、我が里からも数人、南部の森へ見回りをさせるべきじゃろうか?」

その言葉が上がった途端、会議場のふすまがバンと開かれ、そこからツバキが声を上げた。

「話は聞かせてもらったのじゃ! その任、わらわが承ろうぞ!」

皆が呆気にとられた中、一番にため息をつき窘めたのはヤナギであった。

「ツバキ、これは遊びではないのじゃ。 軽い気持ちで臨むものでは……」

「軽くなんかないのじゃ! わらわはしんけんなのじゃ!」

ヤナギの言葉を遮り、ツバキは反抗した。
いつも子ども扱いされること。それ自体が別に嫌であったというわけではない。
ただ、幼いからという理由だけで、皆が認める実力があるというのに、それを活かすことができずにいることが我慢ならなかったのである。
数分ほど揉めに揉めた後、遂に大人たちが根負けすることとなった。
ただし、あまり遠くへ行かないこと。絶対に相手には見つからぬよう細心の注意を払うこと。脅かす以上の不必要なことはしないこと。見つかったり危険を感じた場合は迷わずすぐに逃げること。
耳にタコができそうな程口酸っぱく聞かされてから、ツバキは漸く森へ向かうことが許されたのである。

そして現在、彼女はこうして見張りをしているのである。
勿論、言いつけはしっかりと守り、息を殺して、風に耳を澄ましていた。

「……む? そっちにいるのか?」

ふと、植物達のざわめきが聞こえ、ツバキはそちらを見やる。
音をたてぬよう、そっと木々を飛び移ること数歩、何やら三人ほどの若者がうろうろと歩いているのが見えた。
和服を着ており、一見すると道に迷った待ち人のようにも見えるが、ここはシオン藩。半妖と獣人の領域である。ただ人がこんな南のはずれをうろつくことなど、普通であればあり得ないのだ。
木々も、見慣れないやつらだと、葉を揺らして噂をしている。

「ふふふ、ついにわらわの力の見せどころじゃな! それぃっ!」

満を持してと、彼女が大きく腕を振るうと、大きな北風がごぅっと起こり、若者たちへ吹き付ける。
若者たちは急な風に驚き、身を屈めて周囲を見回していた。

「まだ足りぬか? それ、もっとじゃ!」

調子に乗ったツバキは更に風を呼び起こす。
それに呼応するように、木々もわざとらしく枝を揺らし、そこかしこからメキメキと気味の悪い軋む音が響きだす。
それを奇妙に感じたのか、若者たちは不気味そうな顔をして互いを見やり、ここを離れた方がいいとでも話し合ったのか、踵を返す。

「どうじゃ、みたか! わらわにだってこれくらいの任務……くしゅんっ!」

風にあおられた砂塵がツバキの鼻元を掠め、彼女は思わずくしゃみをする。
その声は、風の中でも嫌にはっきりと響いた。
若者たちは一転して振り向き、音のした方を見上げる。

「は……わらわは言いつけを守るのじゃ! さっさと逃げるのじゃー!」

北風は反転して南風となり、ツバキは慌ててその場から逃げ出すのであった。

***
「烏狼一族」について→ https://www.chichi-pui.com/posts/d070e308-b04e-43c9-95d2-c65e2430290e/
ヤナギについて→ https://www.chichi-pui.com/posts/65b0785e-1d91-4504-880a-f75fb1dd1268/
ツバキについて→ https://www.chichi-pui.com/posts/f2bc12d3-199d-4f1f-a3ca-5d5c3fb03c2e/

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