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門神其二

使用したAI Dalle
...認めたくはねえが、この野郎は俺様よりつええ...

六十斤の大斧を振るいながら、程咬金は苦い事実を思い知らされていた

「この世で二番目に強い男」、程咬金は常々そう自称している。

一番つええのは、勿論秦叔宝の兄貴だ

そして、二番目につええのがこの俺様だ

強いて、この俺様と互角にやれるやつがいるとすれば....王世充の下に残って袂を分かった形の兄弟分、羅士信と単雄信位さ

....そんな思いを今、咬金は完膚なきまでに叩き潰されようとしていた。

目の前に立ちはだかる、この男、尉遅恭...字を敬徳という男によって。

...

唐の武徳二年、

劉武周に奪われた河東を奪回すべく、若き英傑秦王李世民率いる唐軍は黄河沿いに北上、宋金剛率いる劉武周軍の主力と激突した。

古の関羽や張飛を凌ぐとすら恐れられた剛勇無双の男、劉武周麾下の猛将尉遅敬徳に対抗すべく、李世民はこの度の出陣に際して新たに三人の英雄たちを麾下に加えている。

かつて瓦崗寨において、李密の下で勇名を馳せた秦叔宝、程咬金、李懋功であった。

特に、隋朝時代から既に剛勇を以て天下に名を馳せている秦叔宝への期待は大きい。

そして今、両軍の対峙は先鋒同士の一騎打ちとなり、尉遅敬徳にまずは程咬金が挑みかかったのであった。

...

今まで戦場で出会ったほとんどの人間は、俺の大斧の斬撃を受け止めることすら出来なかった

大概のやつは一撃で頭を叩き割られて、脳みそをまき散らして終わりさ。

それなのに

叔宝の兄貴、羅士信と単雄信、彼ら以外にもまだこんな奴が天下にいたのか

...

敬徳が振るうのは、六十斤の大斧を更に上回る百二十斤の鉄鞭である。

程咬金が振り下ろした必殺の斬撃を軽々と受け止め、更には暴風の如き打撃を繰り出してくる。

程咬金ともあろう者が、その猛攻に耐えるのが精いっぱいであった。

寧ろ、その剛勇の前に「生きている」こと自体が奇跡的ですらある。

...

「.....この程度で、天下で二番目に強いなどとふざけた世迷言を抜かしているようでは、兄貴分の秦叔宝とやらも大したことはなさそうだな?」

程咬金を軽々とあしらいながら、敬徳が不敵に笑った。

「...へっ! てめえごとき秦二哥が相手するまでもねえ...この俺様で十分よ」

「確かに口だけは、天下で二番目かもしれんな....しかし、いつまで減らず口を叩いていられるかな ?」

たちまち百二十斤の鉄鞭が変幻自在に襲い掛かってきた。

程咬金は大斧の表面面積を活かし、ひたすら防御に徹した。

彼ほどの男が攻撃を捨てて防御に徹すれば、さすがに敬徳もとどめを刺すには至らぬ。

...それにしてもこの野郎、本当に人間か、

程咬金はほとんど信じられぬ思いであった。

彼の六十斤の大斧も常人に扱える代物ではないが、その倍の重さの鉄鞭を軽々と振り回す人間とはどんな怪力の持ち主か。

それと同じことができる人間はもう一人いることはいる。

六十斤の鐧を二本、併せて百二十斤の双鐧を自在に操る秦叔宝である。

...

そんな両雄の一騎打ちを、唐軍は固唾をのんで見守るだけであった

特に首脳部の苦悩は大きい。

このまま程咬金が一騎打ちに敗れるようなことがあっては、元々敬徳に散々蹂躙されて地に落ちかかっている唐軍の士気が、更に落ちてしまう。

これ以上士気が下がっては戦にならぬ。

特に秦王李世民は、噂に聞く敬徳の剛勇がその想像を更に超えるものであることに、驚嘆と同時に感嘆を禁じえなかった。

「...何という男だ、程将軍ですら敵わぬか」

人材好きな彼の事である。

敵意や憎悪より、あの猛将を麾下に加えたいという欲求が勝るのであろう....

総参謀長格の李薬師と共に、唐軍...というより秦王軍の副参謀長的な立ち位置を与えられた李懋功は、若き主君の心境を洞察したが、今はそれどころではない。

あの途方もない男は現状敵なのであり、程咬金も長くはもつまい。

「殿下、今は敵に感嘆なさっている場合ではございませぬ。程将軍もいつまで持ちこたえられるかわかりませぬ。ここは叔宝殿を向かわせるべきです。程将軍は面子を潰されたと怒るかもしれませぬが、今は彼の面子よりも重要な事があります。またこのような所で程将軍を失っては、千載に悔いを残しますぞ」

懋功は一気呵成に主君に策を言上した。

策というよりも、懋功も秦叔宝の武勇には絶対の信頼を置いている。確かに眼前で見せつけられた敬徳の勇猛は想像を超えていたが、それでも尚、懋功は叔宝が負けるとは微塵も思っていない。

「わかった、懋功の言うとおりだ。...秦将軍、ご足労をおかけしますが」

世民は、隋末以来勇名を轟かせてきた叔宝には殊の外敬意を払っている。言葉遣いも叔宝に対しては丁重であった。

「....心得ました。あの男は末将が引き受けましょう」

秦叔宝が静かに馬を進めると、唐軍の将兵中からどよめきが生じた。

唐軍将兵の大半は元は隋朝の兵士たちである。彼らは、半ば伝説化した秦叔宝の驍勇を伝聞としてでもよく知っている。

中には河南討捕軍時代から叔宝に付き従ってきた歴戦の生き残りもいて、彼らは熱っぽく戦友たちに叔宝の武勇談について語ったものだから、唐軍内部においても、叔宝の神話的な武勇は畏敬を集めていた。

彼らは口癖のように語ったものだった
「...秦将軍はかつて張大使(張須陀)の下で、常に寡兵を以て賊どもの大軍を破ったんだ。張大使の軍旗の下、常に先陣を切って突撃なさるのは秦将軍と羅将軍(羅士信)だった」

「将軍の双鐧の前に、賊兵どもは誰一人敵わなかった。天下無敵とは秦将軍の事さ。仮に項羽の再来と言われた楊玄感(隋朝の楚国公楊素の子、隋末期に反乱を起こして敗死。その剛勇は項羽の再来と言われた)と戦っていても、きっと勝ったのは秦将軍だったに違いないさ」

...彼ら元河南討捕軍出身者に共通するのは、秦叔宝への畏敬と共に、討捕軍の最高指揮官であった張須陀への敬意と忠誠心である。

「性剛烈、有勇略」と隋書張須陀伝は記す。

五十歳までを無名で過ごし、生涯最後の二年間で歴史に不滅の名声を残した。

「...俺たちは、張大使の為にこそ命を懸けて戦ったんだ。腐った隋主や隋の朝廷の為なんかじゃない。張大使こそが本当の忠臣だったんだ。あのような方こそ朝廷の中枢で国政に携わるべき人だったんだ。なのに、朝廷の奴らは張大使と俺たちを見殺しにしやがった」

「援軍も、補給すらなかったんだ。いつだって俺たちは兵力不足で、物資も不足してた。...だけど張大使は絶対に民から略奪するような真似をしなかった。...官軍が守るべき民に略奪暴行の限りを尽くすなんてことはいくらでもあるのに、張大使は絶対にそういうことをなさらなかった。大使は民から略奪するくらいなら己が飢えて死んだほうがましという人だったんだ」

「だから、俺たちはもう暗君や腐った朝廷のために戦う気なんてない。...だけど秦王殿下は秦将軍がこの方こそと見込んでお仕えになった方だ。だから俺たちは今、秦王殿下のために戦う。秦将軍が秦王殿下を信じるなら、俺たちも秦王殿下を信じるさ」

...唐軍に参加している河南討捕軍の生き残りたちは、一様にそう口にするのだった。

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