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紅仏女

使用したAI Dalle
※本章には、史実に存在しない人物が登場します。李薬師(李靖)の妻として登場する紅仏女という女性は実在しません。講談小説「虯髯客傳」の設定を本編では一部採用します。また、観音婢の侍女春華も実在しません。TVドラマ「唐太宗李世民」に登場する架空の人物です。

...

隋の大業十四年、後に唐の武徳元年ともなる西暦六一八年は、長安の事である。

「...まあ、李薬師とはそれほど兵法に通じているのですか」
唐軍の電撃戦によって制圧された長安に迎えられた観音婢は、久方ぶりに夫と和やかな日を過ごしていた。

しかし、この夫ときたらまず話したがるのは戦の事、用兵の事、兵法の事である。

なまじ観音婢がそういった話題についてこられるものだから、夫はそれをいいことに情緒の欠片もない話題に熱中する訳であった。

忠実な侍女の春華などは寧ろ、観音婢の女心を慮って憤慨している位である。

...勿論、世民はそんな一介の侍女の義憤など知る由もない。
「そうなのだ、観音婢。余は漢の韓信に匹敵する人物を手に入れたと言えるかもしれぬ」

「妾が仄聞したところでは、薬師は当初隋朝への忠義を果たそうとしていたと聞き及んでおりますが...」

「そうなのだ。薬師は馬邑の郡丞を勤めておったからな...我々の挙兵をいち早く察知して江南に奔ろうとしていた。楊広(煬帝)に注進に及ぼうとしたのだ。勿論、我らもそのような者が現れることは予想していたから、即座にひっ捕らえて事なきを得たがな」

「私もその場にいたのだが、我らに捕らえられても一向に悪びれもしなければ恐れもせぬ。更には散々父上を罵倒したものだから、父上も激怒され即座に斬刑に処されようとした....その時、あの男は何と言ったと思う」

...そこまで聞いただけで観音婢は古の歴史に照らし、歴史上の英雄たちの言行を思い、李薬師という男の態度が手に取るように見える気がした。

「...わかりませぬが、ここまで伺っただけでも薬師という男、尋常な人物ではなさそうですわね」

「その通りだ。あの男は何と父上に向かってこう放言してのけたのだ..."公起義兵,本為天下除暴亂,不欲就大事,而以私怨斬壯士乎!"」

歴史に通じた観音婢には、勿論薬師が誰の故事を引き合いに出したかわかる。

「国士無双....でございますか。確かに只者ではございませんね」

国士無双

即ち後世、薬師と並び何れが中国史上最高の名将かと議論にもなる漢の韓信の事である。薬師は己を韓信に準えたのだ。

何という自信家である事か...その不敵さも韓信に似ている。

「余の直感だ...この男は口舌だけでなく本物だと。そこで父上をお願いして命を助けていただき、わが幕僚に加えたのだ」

「以降、長安に至るまで余は幾度も薬師の献策を用いて、勝利を得た。百戦して百勝したといってもいいくらいだ。...余も若年ながら兵法の研鑽は積んできたつもりだが、薬師には及ばぬ」

「あの男の兵法の修め方は尋常なものではない。凡そ古今の兵法全てを学んでいるかもしれぬ。...しかもだ、あの男の兵法は机上の学問ではなく、それを自らの采配で実戦で生かす術も非凡の様だ。余の幕僚としてではなく、一軍の指揮を任せてもあの男は常に勝ったのだ。まさに韓信の再来かもしれぬ」

...熱っぽく語る夫の言葉を聞きながら、李薬師という男の凄みはわかったが、それ以上にこの夫もやはり尋常な将器ではないらしいと観音婢は思った。

「一軍の指揮を任せても」などと簡単に言うが、薬師はつい先日までの敵である。

その男にあっさり「一軍の指揮を任せてみた」と言って実際その通りにしてしまう李世民という夫もまた尋常の器ではないだろう。

世民は、歴史上の英雄たちの中で特に西漢の高祖劉邦の人材活用を師表としているらしかったが、確かにこの夫には劉邦の器の大きさに通じるところがあるらしい。

「...二哥の御英断も常人の能くする処ではございませぬ。いかに偉才とはいえ降将に一軍の指揮をお任せになるなど、よくご決断なさいましたね ?」

世民はややくすぐったそうな顔をした。

「...観音婢にそう称賛されるとなかなか汗顔の至りだ。実は薬師の妻という女性がな、余の決断を後押しもしたのだ」

世民は意外な事を言う。

「紅仏女という女性なのだが...この女性がなかなかの傑物でな。薬師本人も勿論稀有な人材なのだが、この紅仏女というのがまた相当の偉材だ。武芸の達人であるばかりでなく、人柄もまさに英雄の気概がある。余は二人も得難い人材を得たのだよ」

観音婢は、まだ見ぬ紅仏女という女性に強烈な関心をそそられた。この世には義姉平陽公主以外にも、そのような女傑がいるのか。

「紅仏女とは、どのような素性の女なのですか ?」

「それがまた面白いのだ。元は楊素(隋の楚国公。軍才に優れ文帝の下で軍功を重ねた)の妾だったそうだが、ある機会に薬師と知り合い、薬師に惚れこんでしまったらしい...その挙句に何と駆け落ちをしたのだ」

「まあ...!」

観音婢のように大貴族の家に育った女には「自由恋愛」という概念がない。

しかし、庶民の世界にそういう概念も一部には存在するのだ...という知識位はある。

「この紅仏女から、余は薬師という男について様々な事を教えてもらった。薬師が兵法を学ぶことに対して、どれほど熱中していたか...その他、薬師の為人を紅仏女は克明に語ってくれた」

「勿論、薬師にはこれまで一軍を指揮した経験はほとんどない。そこは余も賭けではあったが...余は紅仏女の話を聞いて確信したのだ。この男は、韓信の再来になりうるとな」

「妾も、その紅仏女に会ってみとうございますね....」

「ああ、そうだな。その内機会があるだろう」

家臣の妻という事であれば、普段奥にいる観音婢も比較的会いやすい。

世民の話を聞くだけでも、相当の女傑の様だ。

しかも、その生い立ちが尋常ではない。

武芸の達人ともいうが、貴族の妾になるような女が、武芸を身に着けるような素地は本来ならば存在しない。

平陽公主の場合は、父李淵が大貴族であり、かつ娘に対して絶対の理解があったからできたことだ。

紅仏女という女は庶民の出であろうから、そんな恵まれた環境に育ったとも思えぬ。

観音婢はまだ見ぬ女傑に、様々な想像を膨らませてみるのだった。

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