黒き龍の慟哭
決して豊かではないものの、人々は慎ましく、心穏やかに暮らしていた。
ある時、里の中心に一つの梅の木の苗が植えられた。小さなその木がやがて大きくなり、象徴として永く残るようにと、人々は心を込めて世話をした。
その甲斐あってか、梅の木は見る見るうちに立派に枝を伸ばし、早春には見事な美しい白い花を咲かせ、芳しい香りと共に人々を悦ばせるようになった。
立派に育ったその木を、人々は更に心を込めて世話をし、その内供え物まで並ぶようになった。
そうしていつしか、梅の木には一つの心が宿った。
いつも優しく、世話をしてくれる里の人々に、もっと恩返しがしたい。
梅の木の想いが天に届いたのか、気がつけば木は不思議な能力を持つようになっていた。
ある人々が、最近は日照り続きで困っていると話しているのを聞いた木が、雨を降らせたいと願うと、たちまち穏やかな雨が降り注いだ。
またある時は、寒くて空気も淀んでいると落ち込む人の声を聞き、晴れやかな風を届けたいと願うと、空は晴れ渡り優しいそよ風が里中に吹きわたった。
その内、人々もそれが木の傍で話をした後すぐに起こっていることに気がつき、ますます木を敬い崇めるようになっていった。
梅の木も、沢山の笑顔に溢れる里を見て喜んだ。自分の力が助けになるのであれば、これ以上の幸福はないと思った。
梅の木の話は間もなく里の外まで届き、「神宿りの梅」と噂になって遠くまで伝わっていった。
ちらほらと里を訪れる旅人も増え、里は活気づいていった。
だが、そんなある日のことだった。
里の外がなにやら騒がしいと思うと、次の瞬間、人々の悲鳴が上がった。
何が何やらわからぬうちに、次々に劈くような声が上がり、あらゆるものが破壊されていった。家屋には火が放たれていた。
それは侵略者による襲撃の始まりであった。
「神宿りの梅」の噂を聞いたある領主が、その梅を己の物にせんと兵をあげて奪いに来たのである。
梅の木は驚愕し、困惑した。自分の力のせいで、里の人々が傷ついている。そう気がついてしまった。
木は強風を呼び、何とか追い返そうと抗った。しかし、所詮は動けぬ木の抗い。思いも空しく、侵略者は梅の木の下へと辿り着いた。
その者の姿を捉えた時、梅の木は怒りに包まれてこう願った。
「力が欲しい。この動けぬ忌々しい体を捨てて、今すぐに悪しき者どもを打ち払う力だ」
その直後、空を劈く雷鳴が一閃、梅の木を打った。
眩い閃光の中、梅の木はその姿を一体の黒き龍へと変じさせていた。
龍は激しい咆哮を上げ、枝だった爪を振り上げてはなりふり構わず暴れ出した。
気がつけば、辺りは静まり返っていた。
焼けた家屋の煤でその体はより一層黒く染まり、白く美しい花はいつの間にか真っ赤に染まっていた。
兵も、生き残った里の者も、その恐ろしい姿を見て全員逃げ出していた。もう一人の息遣いさえしなくなっていた。
龍は嘆いた。叶うことならば、力も心も、全てを捨ててただの梅の木に戻り、もう一度あの日々に戻りたいと願った。
しかし、もう願いが叶うことは無かった。
ただ悲しみは雨と為り、全ての花が散り果てて、その呼吸が止まるまで、黒き龍は慟哭の叫びを上げ続けていた。
呪文
呪文を見るにはログイン・会員登録が必須です。
イラストの呪文(プロンプト)
イラストの呪文(ネガティブプロンプト)
- Steps 20
- Scale 6
- Seed
- Sampler DPM++ 2M Karras
- Strength
- Noise
- Steps 20
- Scale 6
- Sampler DPM++ 2M Karras
コメント
コメントをするにはログインをする必要があります。