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これは夏休みの終わりに僕に起きたほんとの話だ。

月末に近づくにつれ僕の心は憂鬱気味になっていた。そこで僕は気晴らしに散歩にでかけるようになったんだ。

そして散歩が日課になった頃、ついに夏休み最後の週になった。



僕はいつものようにひと気のない通りを歩いた。いつだったか、Dwitterでこの通りのことを知ったんだ。ひとがいないほうが気楽だから、すぐに僕の散歩コースになったよ。



「うお~、外が暖かく感じられる!? 冷房24時間つけっぱにしてると冬になるのよな。……あーあ、もうすぐ夏休みが終わっちゃう。いい子は延長させてくれればいいのに」



"彼女"に合ったのは、その路地の突き当りを曲がったときだった。



[写真1]

「あ!」

「うおっ?!」

「あは、こんにちは」

「え? ああ、どうも……」



ビキニの子がいたんだよ、海なし県のこの町に!



え、夏だから? ひと気のない路地裏なら? ビキニ少女がいる? そんなわけないって!



心臓がドクンッて鳴って、僕は勝手にギアチェンジしたカートのように彼女の横を通り過ぎした。



「あ……」

彼女からなにか声をかけられた気がしたんだけど、僕たちのすぐ横を電車が走っていったし、なによりビキニ姿だったことが奇妙で、僕はぐんぐん進んでその場をあとにした。でも、

「(え、どゆこと? どういうこと?)」

家に帰るまで、いやシャワー浴びてるときも、そのあとベッドに横になってからも僕は不思議でしかなかった。



「(夢? まぼろし? 最近ビキニでうろつくの流行ってる? いや、ないだろ……。しかもあんな派手なビキニ。下乳が見えててさ…………えっちだったな)」



そして次の日。



[写真2]

「こんにちは」

「!!?」

僕はまた彼女に会った。



「こ、こんにちはっ」

僕に言ってるのは明白だったから。目が合ったし、ほかにひとはいないし、僕はそれが気に入ってるからこの通りを歩いてたんだし。いやとにかく僕はちゃんとあいさつをしたよ。でもまた心臓がドクンッてして、僕の足は加速した。



「(美少女があんなえっちいビキニ着てお散歩……だとぉ?!?)」

夢じゃなかった。まぼろしではなかった。最近ビキニでうろつくの流行ってるのかもしれない。

色々考えたけど、どれも信じられなかった。

「(やばいことに直面してる……!)」、その実感だけがあった。

そして三日目。二度あることが三度あった。



[写真3]

「あ、ここにいたんだね」

「どどどどうもごきげんよう今日も暑いですねよい午後をお過ごしくださいっ」



『もう少し普通に会話できただろう?』。僕が家に帰ったあと後悔したのは言うまでもない。けど句読点入れてそれを言う余裕は僕にはなかったよ。少し経ったら、なにかを言えただけよかった、って思えたくらいさ。

「(もし今度会えたら、句読点を意識して話そう。……今度はあるだろうか? ……あるとしたらいつになるかな。……ああ、あと、話すときは足を止めないとな)」

そして――。



[写真4]

「みーつけた♡」

「はうっ!?!」



四日目で僕は立ち止まった。



「こ、こ、こんにちは! 本日も、晴天で、なにより!」

「うふ。そうだね。ねえ君、よくここを歩いてるよね?」

「えっ、あっ。ここ、散歩コースなんだよ、僕の」

「へ~え。ひと気のない散歩コースだね?」

「う、うん。ひとが、その……あんまり好きじゃなくて」

「そうなんだ~。あたしといっしょだ」

「あ、ほんとに?」

「うんっ。人間はクズ多いから嫌い♪」

「えっ」

「えっと。あたしの名前知ってる?」

「いや、知らないよ」

「あたしの名前はね――」

「あ、僕の名前は――。

(わあ。僕、今彼女としゃべってるんだ。四日目にしてやっとだ!! こんなかわいい子と! 普通の男子はたぶん2日目で声かけるんだろうな。ああ、でもよかった。話してみたら普通の子だ。……うん、露出度は高いよ? けど僕は全然受け入れられるよ、むしろうれしいくらい! ああ、ビキニ。今日も黒地にピンクの花柄で――)。 ……あ」

そこで僕は、彼女が連日『黒地にピンクの花柄ビキニ』であることに気づいた。

「ん? どうかした?」

「あ、や、なんでもないよ」

「そお」

彼女はつま先だちして戻した。上体がつんっと跳ねた。

「ぅ?!」

彼女の大きく実った乳房がぷりんっと揺れて、僕の心臓をバクンって弾ませた。



そのとき、僕の脳が勝手にある記憶をロードした。



数日前の僕が、ネットの掲示板かJiscordで、『黒地に花柄の服ってえっちよな』って書き込みをしたことを。

『ピンクの花柄ならもうやばい。ビキニだったら絶頂! そんな子いたら、『最高かよ』って言っちゃうね(←言えない)』、

僕はそう書き込んだんだ。テンションあがってのコメントだったからよく覚えていた……。



それを思い出した僕は、なぜだか背中がゾクッとした。



「あたしね、家がすぐそこなの」

「えっ? ああ、そうなんだ」

「エアコンあんまり好きじゃないからさ、ビキニ生活してるんだ~」

「そ、そお。ステキなエコの精神だね……」

「あ、そうだ。せっかく知り合ったんだからさ。うちでお茶、飲んでく?」

「はいっ?!」

「あは♪ じゃ、いこ。こっちだよ」

「え、あ、ちょっ……!?」

訊き返した言葉を肯定と受け取られてしまった。そのあと否定しなかったのは、僕が消極的な性格だからだけではなかったと思う。



[写真5]

彼女は軽快に僕の前を歩いた。時折僕に振り返って質問をしたり、家のインテリアのことを話してきたけど、僕はほとんど上の空だった。

目の前の少女はとてもかわいいし、僕の好きな柄のビキニを着ている。だけど僕は、別の意味で鼓動が早まっていた。



どうしても"もう一つの記憶"が、"その疑念"が気になったから。



これまでに僕がDwitterに書き込んだコメント。それが僕の頭の中を行き交った。



『集めてるキャラ。記録として写真のせとこう』、『そろそろ昼夜逆転生活をなおさないとだ』、『体力元に戻すために散歩する(決心)』、『いつもの散歩コースいこ』、『ひとのいない路地はいいね。時止まったみたいで。電車の音はするけど』、『散歩いってきまーす』――。





もしかして彼女……僕を知ってる? 僕をすでに、特定している?





Overthinking かもしれない。でもどうしてもそんな気がしてならなかった。第六感が僕になにか警告をしている。そんな"いやな予感"を持ったのは明らかだった。



彼女の家に近づくにつれ、背の違和感はちょっとずつ深くなっていった。



[写真6]

「ここがうちだよ」



彼女の家には誰もいなかった。そしてエアコンが利いていた。



「その扉。うん。そこがあたしの部屋だから、先に入ってて。あたしはお茶いれてくる」



僕は数秒戸惑ったけど、彼女の言う通りその扉を開けた。



彼女の部屋はまるで冬のようにキンキンに冷えていた。僕の部屋みたいに、エアコンを24時間稼働させているみたいに。



部屋に入ってすぐに目に飛び込んできたのは、デスクにずらりと並ぶアニメのミニフィギュアだった。

僕は何の誇張もなく、『ここは僕の部屋か』と思った。

なぜなら、それらのキャラクターたちが、僕のデスクの上にいるものとまったく同じ並び順で立っていたから。



パソコンの冷却ファンがレインボーに輝いて回っている。

壁のポスターが二枚。

口がωの形をしたぬいぐるみ――色がピンクのやつ。

オススメの電気スタンド。スマホスタンド、スピーカー、PCモニタ、マウス。

なにもかもが僕が現在部屋で使っているものといっしょだった。



「…………!! …………!!

(この部屋で僕の部屋にないものは、木製のベッド……だけ。布団のシーツもいっしょ。たぶんあの枕はコスパ最強の高反発枕、お値段8,980円……!)」



僕の頭はふわりと浮いてよるべなく戻った。



僕はネットの掲示板、SNSなどあらゆるところで実生活で役立つことをシェアしている。

通販のレビューももちろんやっていて、もうすぐレビューマスターの称号を得るところだ。




彼女は僕がネットで投稿したことを、知っている……? 僕の投稿が、僕が投稿したことだと、知っている……?

僕がネットで書き込んだすべてを?



「なんて……こった」



奇妙に思うかもしれないけど、僕はその場にへたりこむ感じではなかった。気持ちはスーッと楽になっていた。



彼女の家に着くまでの間は嫌な予感しかなかった。けど、"その正体"を知った僕は、『ここに来てよかった』って思ったよ。



近所をビキニで散歩してもいいじゃないか。僕の愛用しているものを全部集めててもいいじゃないか。仮に彼女がスーパーハッカーでもいいじゃないか。



彼女が戻ってくるまでの間、僕は見慣れているふかふかのクッションに座った。長時間座ってても腰がいたくならないんだ。僕の部屋のはもう替え時だけど、彼女のはまだ新しい。



「(彼女、お茶を用意してくるって言ってたな。それはジャスミンティーかもしれない。この前僕は、それを通販サイトで踊るほど褒めちぎったんだ。彼女、着替えてくるのかな。"普通"なら着替えてくるだろうな。

 ああ、もし僕が『黒地にピンクの花柄が好きなんだ』って打ち明けたら、彼女はどんな顔をするんだろう)」

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