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Caesar and Maecenas

使用したAI Dalle
「カエサルは」
マルクス・ヴィプサニウス・アグリッパは、勇を奮って若き主君に進言した。
「このような事で後世に悪名を残してはなりませぬ。もうニ千人以上は殺しています。それも裁判なしで」

「もう十分ではありませんか。敵は打倒せねばなりませんし、軍資金の問題は私も理解できます故、誰も殺すな、とは申しません。しかし、それにもやり方というものがありましょう。これではまるでスッラではありませんか。私が御名を申し上げるのは僭越の極みではありますが、亡き御父上、神君カエサルが断じて否とされたやり口です」

言うだけ言ってしまうと、当の主君カエサルよりもアグリッパの方が絶句してしまった。そのカエサルは表面的には何の表情の変化も見せず、いつものことであるが、何を考えているのかわからない凍てつくような無表情。

...紀元前43年冬から42年にかけてのローマは、第二次三頭政治の元で粛清の暴風が荒れ狂う年となっていた。

それまでの対立をひとまず水に流して手を組んだ若きカエサル、アントニウス、そしてレピドゥスの3人がまず取り組んだことは、処罰者名簿の作成と、反対勢力の粛清であった。

それも裁判なしの処刑、追放、財産没収の強制執行である。百人単位の元老院議員、千人単位の騎士階級がカエサル暗殺犯の共犯とされて逮捕され、即座に処刑されたのである。

三頭にとっては、この機会に元老院に巣くう共和主義者の残党を一掃すると共に、実に身も蓋もない理由ではあるが、兵士たちに支払う給料の為の資金集め、という一面も有していた。

そんな中、若きカエサルはアントニウスやレピドゥスと共にその凄惨な大粛清と財産強奪を淡々と遂行し、微塵の動揺も見せない非情さを改めて周囲に見せつけていた。

アントニウスやレピドゥスも自軍の兵を動かしているのだが、カエサル陣営の場合、軍団の運用はアグリッパの一手に任されており、自然この血生臭い粛清劇を具体的に運用する責任者もアグリッパということになってはいた。

その彼が、普段絶対に忠実な主君に対してこれほど異を唱えるのは珍しいことである。ただ、彼には彼のどうしても変えられない性格というものはあった。

武人として戦陣の場で敵と戦い、敵を殺すことには一切のためらいはないが、この大量殺人はまた別物である。

アグリッパが言葉を改め、親友に対してではなく主君に対しての言葉遣いをしているのは、この場が二人だけの場ではないからであった。これまで、二人だけで最高機密を話し合うことが多かった場に、今はもう一人の男がいる。

そう、この男、ガイウス・キルニウス・マエケナスが。

いつの間にか、若きカエサルの参謀役のような立ち位置に収まっている、二人よりもやや年長の青年。

その彼が、やや心配そうにアグリッパを見つめている。

知り合って間もないのだが、アグリッパはこのマエケナスというやや謎めいた雰囲気の青年に、いくばくかの違和感は持ちつつも決して嫌ってはいない。この男が決して主君に害をなす人物ではないと、概ね見極めているからだ。

そのマエケナスがカエサルとアグリッパを双方を気遣ってか、口を挟んできた。
「....アグリッパ、君も意に染まぬ仕事をして疲れているんだ。少し休みたまえよ」

そして共通の主君に対してもすかさず口添えをする気配り
「カエサル。アグリッパはやや言葉が過ぎたかもしれませんが、それは全てカエサルの御為を思っての忠義の心より出たもの。それは私などよりもカエサルの方がよくご存じでありましょう。どうかご寛恕のほど、お願い申し上げます」

アグリッパがマエケナスを嫌ってはいないのも彼のこういう点で、もし彼にアグリッパにとって代わろうという野心などがあれば、こういう機会をとらえてすかさずアグリッパを蹴落とそうとするだろう。

しかし、この不思議な青年はカエサルに仕えて間もないというのに、カエサルとアグリッパの特殊な関係性は全て理解しているらしく、かつそれを全肯定した上でカエサルに仕えようとしているらしかった。

出会った当初、アグリッパとしては急に主君に重用されるようになったこの、自分とは全くタイプが違うらしい男に警戒心も抱いていたのだが、マエケナスとも交流を深めていく機会が増えると共に、その必要はないらしいことが今のアグリッパにはわかってもいる。

ともあれ、こういう時の若きカエサルは全く何を考えているのかわからぬ鉄面皮なのだが、ともかく彼の口から出た返答はこうであった。
「....アグリッパ、よく言ってくれた。君の言動は全て、いつも私の為を思ってのことだとよくわかっている。今回の事は、君ともっと話し合うべきだったかもしれないが、私ももう一度よく考えてみるから、マエケナスの言う通り下がって少し休みたまえ」

...いうだけ言って消耗しきった感のアグリッパが退出した後、マエケナスは若き主君に改めて進言した。
「カエサル。彼にはこのような任務、というか汚れ仕事は向きませぬ。あたら有能な人材を浪費するが如き使い方は宜しくありません。いくら軍団を動かすからといっても、このような猟犬仕事、何もアグリッパである必要はないのです」

マエケナスはマエケナスで、言いたいことをいう男なのである。カエサルはその点が気に入って、この男を重用しているのであった。
「アグリッパの本領は戦陣でこそ十全に活かされるもの。何事も信頼できる人間に任せたいお気持ちはよくわかりますが、今後あれもこれも彼に任せる訳にはいきますまい。それが御自身でもお分かりだからこそ、私のような者もお側に置かれるのでしょう」

「....その通りだ。今回は彼には気の毒な事をした」
若き主君は、己の非を素直に認めた。マエケナスにとっては、実にありがたい主君である。

カエサル自身、相当の頭脳の持ち主なのだが、彼の最大の美点は有用な助言は全て聞く耳を持っていることであった。なまじ有能な人間にありがちな我が少ないのである。

一方、若きカエサルにとっては、マエケナスがアグリッパを敵視したりライバル視せず、二人の特殊な関係を絶対の前提として、それを全てわきまえた上で参謀として自分に仕えようとしている点が、実にありがたいことであった。

正直、そういったアグリッパと何かしら摩擦を引き起こす類の言動がわずかでも見えたら、この男を即座に追放するつもりでいたのである。

有能な参謀は勿論欲しい。アグリッパは絶対的な右腕だが、彼は参謀には向いていない。能力の問題ではなく、性格的に向いていない。

この度の共和主義者たちの大量粛清に際しても、アグリッパが内心それ自体に反対であることは明白ではあったが、かといってカエサルはこの大量粛清の必要性に関しては微塵も疑問を抱いていない。

カエサルとて別に好き好んでこの大量殺人を遂行している訳ではないが、必要なものは必要なのだと割り切ることが出来る。

しかし、その遂行役としては確かにアグリッパは壮絶に不向きという以外になかったし、カエサル自身と同レベルの冷徹非情さを彼に求めるのはそもそも無理であった。

その点については、カエサルは自分が人選を誤ったことを素直に認めている。

しかし、今後元老院やアントニウスと対決していく中で、政治や外交、更には謀略や陰謀という面で、カエサルは切実に補佐役を求めていたのである。

マエケナスという男はその点において、あらゆる条件を完璧に満たす参謀であった。

そのような人材が向こうから仕官を求めてきたのである。アグリッパとの出会いといい、そんな幸運があっていいものか。

これも天上の「父」、神君カエサルの導きだろうか。

そんなことを若きカエサルは思った。

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