穂香(ほのか)は料理を作り、真(まこと)はそれを食べる。
穂香にとって、料理を評価してくれる人が身近にいるのは嬉しかった。
しかし、ただ一つ、「美味しかった」や「旨かった」とは言われず、幾年月が過ぎて…
私は料理を作るのが好き。
なので、それを活かす職業として、
コックになる道を進んだ。
そして、今は見習いコックとして、
とあるホテルのレストランで
日々、料理を作り続けている。
前の頃よりは上達して、腕も上がったという自負はある。
だから、彼にLINEで連絡をする。
プルルルプルル
「もしもし穂香、久しぶり」
「真くんも久しぶり、元気してた?」
「うん、まぁね、でも、仕事って大変だよな、精神を磨り減らすのは僕の性に合わないよ…」
「何の仕事をしてるの?たしか、車好きだったよね」
「うん、好きだよ、自動車検査部に入ってるんだけど、上と下の板挟みで…はぁ」
「間って大変なのわかるよ…」
後輩の指導をしたり、
チーフの指示を聞いて
臨機応変に動かないといけないのは、
私にとっても頭がぐるぐるして目眩すら覚えることもあった。
だから、私は真くんの言葉にうんうんと相槌をうつ。
「縛られていたようで、1番自由だったのは学校の中だったって思い知らされるよ」
「確かにね、大人の世界じゃミスは命取りだもんね」
「うん、だからこそ、美味しいってのが表現として適切なんだなぁと思えてきたんだよ」
「そうなんだ、前はあんなに難しい表現使ってたのにね」
「一種の諦めなのかもな…」
真くんの顔が暗くなる。
彼の 瞳の奥には寂しさと諦めを感じた。
色で、いえば青なんだろうか…
「どんだけ、こっちが熱意込めて作ったって、乗る側からしたら、どの車も同じように見えるだろ、だから、何のために車開発してんのかわかんなくなってな」
「それで、美味しいの表現を使いたくなったってこと?」
「まぁな、前に穂香が美味しいってのはいいねやグッドボタンと同じだって言ってくれたろ」
「うっうん、そうだね」
「はぁ、疲れちまったよ、時短、スキップ、たとえ、手が込んでいても、素早く物事が進まないといけない…」
変わってしまった彼、
以前の彼は、どこかいきいきしていた。
「どうしたの?」
「いや、大丈夫だよ…大丈夫…」
仕事がうまくいってないのか
彼の顔は暗く、海の底のように感じた。
「ごめんな、愚痴っぽくて」
「全然、大丈夫だよ」
せめて、彼の癒しとなるご飯を作らないと…
「私、頑張るから!」
「穂香…」
穂香の瞳には熱がこもっていた。
僕は彼女の顔を見て、
元気をもらえた。
「うん、わかった、穂香に負けないくらい俺も頑張るよ…」
彼女は料理を作る、
僕は食べる、
『美味しい』と言えないのは、
照れ隠し、
でもいつか、素直に『美味しい』って言えたらいいな
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