成人式の夜に、中学の同級生だった真希ちゃんと初めて言葉を交わしているあの姉。
自身と同じようにまったく目立たない存在だったはずの真希ちゃんが住宅展示場のキャラショーでヒーローを演るに至った経緯と、できればその感想までも聞き出したいのだが、今は東京の大学に通っているという真希ちゃんから振られるのは、式中に着た振袖の話題と、あの姉とはまるで無縁の世田谷周辺の話ばかりだった。
真希ちゃんはすっかり大学生らしい大学生になっているが、自身も翌週にセンター試験を控えた身であり、試験の結果次第で三重か岐阜か名古屋近辺のどこかで大学生になる。そうすれば3年在籍した場末のメイドカフェともお別れできる。店の他の子たちは可愛いが、ゆりっぺぐらいにしか構ってもらえない。メイド服にもゴスロリ服にも興味はない。ただ、パニエというやつは貧相な体型に少しメリハリを与えるからあれだけはいい。そもそも自分は接客に向いていないのだ。それこそ制服の一つにロボでも加えてもらえればロボ越しの接客に全身全霊を注ぎ、店の場末感も吹き飛ばすほどの根拠に乏しい謎の自信があるのに。
しかし現実にはロボが制服に加わることなどなく、それどころかあの姉はその願いをオーナーに伝えたことすらもないし、今こうして真希ちゃんとの会話さえも上手く転がせないのであった。
結局その夜あの姉は、4年半越しの疑問を少しも解決することないまま帰宅し、受験勉強もせずに寝た。
それがどうしてどうなったのか。3月中旬のことである。
成人式の翌日に帰京した後、定期試験と入試の監督バイトを終えてまた帰省していた真希ちゃんが、突然あの姉宅を訪問してきたのだ。
成人式で振袖を着るに当たって、かつては着物教室だったあの姉宅を古い情報で薦めてきた祖母のおかげで、真希ちゃんはあの姉の住所を知ったのだという。
新年度からは三重大生になることが確定していたあの姉は、先週父親と共に契約を済ませてきた江戸橋の下宿への引っ越し準備をするでもなく、メイドカフェに出勤するでもなく、ただ日曜の午後の惰眠を貪っていたところだった。
"さわやか"にでも行かないかという真希ちゃんの誘いに乗り、真希ちゃんの運転する車でインター店へ行き機械で予約を取ると、日曜午後のインター店にしてはまあまあなほうの60分待ちだった。
この微妙な待ち時間をどうやって潰すか、とあの姉が言い出す前に、真希ちゃんはあの姉を自分の実家に誘うのである。真希ちゃんは真希ちゃんなりに、45分越しの疑問を抱いていたのだ。
真希ちゃんは先ほどあの姉の家のガレージの片隅に目撃した、埃を被った等身大のロボのことが頭から離れなくなり、その話を拡げたくて間合い計っていた。なぜなら、自分の実家にも古びた等身大のロボが一体あるからだ。
何がどうなってどうなったのか。
あの姉は真希ちゃんの実家で、古びた等身大のロボを着た。
少なくとも4年間はクローゼットの奥に仕舞われていたというそのロボの中は、カビのような、タンスのような、座布団のような、仏間のような、謎の臭いがした。
痩せすぎのあの姉にはあまりにもブカブカのサイズで、真希ちゃんの服を何着か借りて重ね着した上でロボを着たのだ。
真希ちゃんの匂いと謎の臭いを同時に纏ったあの姉は、病状を一気に加速させて翌週三重へと旅立った。
あの姉と真希ちゃんはこの日結局、"さわやか"には行っていない。
(つづく)