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別離其六

使用したAI Dalle
「...卿としては、後宮への「政治」など不本意ではあろうが...卿も知っての通り、太后様は天下の大義を弁え、話の分かるお方だ。天下の大事、そして陛下の御為とあらば、必ずや卿に力をお貸しくださる。そして、必要以上に表向きの政治に容喙して、かつての呂后のように卿を悩ませるようなことは決してせぬお方だ。その点も信頼してよい」

陳平としては、決して「政治家」ではない灌嬰に、重すぎる負担を残して死ぬ訳には行かぬ..とも考えている。

後宮への配慮、用意も、灌嬰にとっては不本意な事であろうとは思いつつ、それは皇帝の為というだけではなく、灌嬰の為にもなる事なのだ。

「...それに太后様の弟である薄昭は、車騎将軍として軍内部において卿に次ぐ地位にある男ではないか。卿としても、薄昭ならば話もしやすかろう ?」

「...まあ、そうだな」

薄昭の車騎将軍(※この当時、驃騎将軍職はまだ存在せず、車騎将軍は大将軍に次ぐ位)という位階は、決して太后の弟...というだけの理由ではない。

薄昭は、まだ少年の頃より高祖劉邦の下で下級士官として戦ってきた戦歴を持つ叩き上げでもあり、劉恒が代王に封じられた後は、姉の薄太后と甥の劉恒に従って漢帝国の対匈奴最前線である代の将軍職を長く務め、小規模ながら匈奴との戦闘経験もある、前線叩き上げの男である。

決して、姉の七光りで車騎将軍という重職にある男ではない。

人柄も謹直かつ謙虚であり、外戚の身分を鼻にかけて奢ることもなく、漢軍の総帥である灌嬰としても、その能力も人柄も十分に認めている。

これまでの灌嬰の思考の中では、薄昭はあくまでも軍事面において信頼できる部下...という位置づけであったが、確かに「皇太后の弟」として見た時には、また異なる見方、付き合い方は出来そうであった。

少なくとも、灌嬰としては後宮の宮女達を相手に慣れぬ「社交・外交」を展開するよりは、はるかに薄昭の方が話をしやすいのは確かである。

...

「...為人は別にして、純粋に軍事的能力のみを見た時に、卿は薄昭をどう思う ?...」

陳平は試みに灌嬰に問うた。

陳平には陳平なりの見解があったが、純軍事的な事に限って言えば、陳平よりも灌嬰の方が経験も実績もはるかに上である。専門家としての意見を質しておきたかった。

灌嬰とて決してもう若くはない...というよりも既に老境である。

灌嬰が死亡するか、もしくは引退でもした場合には薄昭が漢帝国における軍事面の最高指揮官という事になるのである。灌嬰も、陳平が「それ」を問う理由を察した様であった。

「...堅実な男だ...平時ならば漢軍の総司令官としても問題はない...だが...あいつは、決して「それ以上」ではない」

灌嬰の見解は、完全に陳平のそれと一致していた。

「やはり、卿もそう思うか...」

つまり、一朝天下に事ある際の漢帝国軍の最高司令官としては不安だ...という事である。

「だが、それは薄昭の才幹や資質だけの問題ではない。軍人としての資質、能力というものは絶対的に経験がものを言う部分が大きいのだ。これは才能や机上の兵法の学問だけでは如何ともしがたい部分で、薄昭自身の問題という訳ではない」

灌嬰自身を含め、今は引退している周勃にしろ、今は亡き曹参、酈商らにしろ、これまた故人となっている「国士無双」...韓信のような軍事的天才では決してない。

しかし彼らが歴史上、用兵家としては極めて稀有な存在であるのは、天下統一戦争を勝ち抜き、「天下を取る為の戦い」という経験値を積んできた...という点にある。

歴史上、用兵家という人間は無数に存在してきたが、彼らのように「十万単位の軍が動く天下分け目規模の戦い」を何度も経験してきた人間は長い中華の歴史においてもそう多くはない。

軍事的な才能とかいう以前に、大規模な戦の経験値という点において、彼らには歴史上の如何なる将軍達よりも圧倒的な優位があったのである。

灌嬰は二千二百年後に至るまで、中国史上における騎兵指揮官としては屈指の名将として名を残すに至るが、前述したように彼は元は商人であり、まだ若年の頃に秦末の動乱に際して劉邦に見いだされ、そのまま軍人の世界に身を投じた男であり、軍人としての専門教育など何も受けずに、圧倒的な実戦経験だけでのし上がったような男である。

そういう経験は、薄昭にはない。そもそも、生まれた時代と軍人として育った状況が違うのである。

「...仕方ないと言えば仕方ない...な。卿らの存在自体が特殊過ぎるのだ。卿らのように大規模な戦の経験を長年積んだ将軍など、大抵の国にも時代にも存在しない...まして、これから我が漢が内政に専念していく...とあれば、経験のある武将自体がいなくなる」

...

「理屈はそうだが」

漢帝国の全軍を預かる灌嬰としては、理屈がそうだからとて、はいそうですか...とも言っておられぬ。

「...匈奴に対しては守成を貫け...という卿の言は確かに陛下に伝えるし、仮に陛下がこの先それをお聞きにならぬ事態が生じた際にも、太后様のお力をお借りするなりして必ずや、「それ」は阻止するように努めよう...それは誓って、この灌嬰が引き受ける」

「だが、だからと言ってこの先、我が漢が総力を挙げて戦をする事態が生じないとは言い切れんぞ。戦とは相手があって初めて起こるものだ」

「...それはそうだが...そういう卿には何か考えがありそうだな ?」

陳平は、灌嬰が見ている「先の景色」に興味を持った。

こと、軍事に関しては灌嬰は卓越した手腕を持つ男である。「灌嬰亡き後の漢軍」について何かしらの構想は持っているのだろう。

「俺は今、薄昭らとも協力して軍内部の若手将校たちの育成と発掘に努めている...勿論、実戦経験を踏ませてやることは出来ぬが、実戦経験に勝る教育はない...とは承知の上で、練兵や教練の範囲でやれることはやり尽くしておくつもりだ」

「その中でも、見どころのある若い奴は決して多くはないが...身近な処でな、俺たちは逸材を見出したと思っているよ」

「...ほう、卿の眼鏡に叶う程の男が今の我が軍にもいるか」

「それも、卿にも身近に知る男だぞ。周勃殿の処の次男...あれは只者ではない」

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