待ち合わせchapter 5 江ノ島 操(えのしま みさお)
操。俺の幼馴染。小学生の頃から何でも話せる友達で、サッカーを一緒にやったり、家族ぐるみでキャンプに行ったり、何の壁もなく接してきた相手だ。でも中学を卒業してから、彼女は新体操の特待生として有名な学校に進学して、気づけば疎遠になっていた。昨日、久しぶりに連絡が来たときは正直驚いた。「明日空いてる?」その一言に、俺の頭は一瞬真っ白になった。
気づけば、彼女のことをよく知らなくなっている。昔の記憶を頼りに彼女を思い浮かべても、サッカーで泥だらけになって笑っていた姿や、キャンプで焚き火を囲んで騒いでいた姿しか出てこない。だが、それが不思議と暖かい気持ちを呼び起こす。
境内の隅で小さなため息をつく。いつからだろう、操をただの友達として見られなくなったのは。久しぶりに会うから緊張しているのか、それとも最近、彼女がテレビや雑誌で注目される姿を見て意識してしまっているのか。胸が妙に落ち着かない。
その時、人混みの向こうから鮮やかな青が目に飛び込んできた。雪が白く舞う中、青い着物に包まれた操の姿が現れる。椿柄の上品な装いに、緑の髪が艶やかに結い上げられたポニーテール。ふと目に留まるうなじが、冷たい冬の空気に際立って色っぽい。
俺の記憶にあった操とはまるで違う。目の前にいるのは、堂々とした美しさを纏う女性だ。少しも飾らず、しかしどこか凛とした気品を感じさせる。胸が一瞬にして高鳴り、声をかけるべきタイミングを逃してしまった。
「久しぶり、元気してた?」操が笑顔で手を振りながら近づいてくる。その笑顔だけは昔のままだ。
「あ、ああ、元気だよ。操も相変わらずだな……」
言葉に詰まりそうになる自分が情けない。何かもっと気の利いたことを言えればいいのに。
「相変わらずって何それ!もっと褒めてくれてもいいのに……。まあいいや、とりあえず行こっか!」
彼女にリードされる形で本殿へ向かう。参道は人で溢れていたが、操と並んで歩くとそれさえ気にならない。話す内容はたわいもないことだが、隣にいるだけで不思議と満たされた気分になる。
お参りを終えた後、境内の端で一息ついた。操が俺の方を向き、少し首を傾げて尋ねる。
「ねえ、何お願いしたの?」
その質問に、一瞬心臓が跳ねた。正直に言うべきなのか、それともはぐらかすべきなのか。
「別に、大したことじゃないよ。ただ、平和に過ごせますようにってくらい。」
嘘ではないけれど、本当の願い事を言うには勇気が足りなかった。操ともう少し一緒にいられますように……なんて。
「ふーん。」
操は小さく笑って、「それっぽいね」とだけ言う。その笑顔に、胸の奥がじんわりと温かくなる。この一瞬が、ずっと続けばいいのにと思った。
新年の空気は冷たく澄んでいたが、俺の心の中には、温かな火が灯ったままだった。
呪文
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