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Caesar Augustus Ⅳ

使用したAI Dalle
この男は相当の悪党だ。マルクス・ヴィプサニウス・アグリッパは思った。

ガイウス・キルニウス・マエケナスという男が、である。

しかし、何故か反感も嫌悪感も覚えなかった。
カエサルに対するこの男の忠誠心、そして己の知能をカエサルの目的の為に捧げ尽くそうとする熱意は本物だと、アグリッパは見て取った。

裏のある小悪党にしては、この男は邪気がなさすぎる。

確かに恐るべき知略、智謀の才がありそうだが、小賢しい保身感覚を働かせる者ならば、ここまであからさまな物言いはすまい。一つ間違えば己自身が主君に警戒されて、最悪命を落としかねない。

しかし、この男はそういう恐れ、遠慮、保身、そういった諸々の感覚を全て捨ててかかって物を言っているのだ。

まだカエサルに仕えて間もないというのに、ある意味捨て身で「己」を、己の「毒」を含めて全てを曝け出せる度胸は尋常なものではない。

確かに相当に悪知恵が回り、狡猾さも、またそれらを支える冷徹非情さも、恐らく主君カエサルにそう引けを取るまい。

しかし、その全てをカエサルの為に使おうという男ならば、アグリッパとしてもこのマエケナスという男の価値を十分に認められる。

それにしても、ローマ制圧の献策だけでも十分に驚くが、更にはこの機会に潜在的にカエサルの敵に回るだろう元老院の共和主義者たちを一網打尽に粛清してしまおうとは、恐れ入った。

何という男だ、とアグリッパは半ば感心し、半ば呆れる思いだった。

一度、マエケナスの饒舌を遮った若き主君は、再びマエケナスに問うた。
「権威があり、かつ合法的な地位とは具体的に何だ? 私はローマでどんな官職を得るべきだと思うか?」

問いの形はとっていたが、恐らくカエサルは自分で答えを既に出している。

その上で敢えてマエケナスに問うのは、恐らくマエケナスの能力のテストと、アグリッパへの説明を兼ねるためだとアグリッパにはわかった。

マエケナスは再び説明を始めた。先刻は少し舌が滑ったと思ったのだろう。元老院議員たちの粛清について言及した時、カエサルが軽く制したのは今はそれ以上しゃべるなという意味だろう。

智謀や知略、ことに政治的な事ではアグリッパは自ら不得手だと認めているが、主君の心を洞察する点においては自分に優る者はいない、と自負している。たとえ、このマエケナスという智謀の塊のような青年に対しても、だ。

「...まず、カエサルが就くべきは執政官の座です。法務官だの中途半端な官職を中継するが如き小細工はこの際不要でしょう。堂々と最高の官職を手にすべきです。武力で首都を制圧してしまえば、どうせ元老院も逆らえません」

アグリッパも、もう驚かなかった。どうせ首都制圧などという国法破りをやるのだ。資格年齢など何ほどのことがあろう。

カエサルはまだ十九歳で資格年齢に全く届いていないが、キケロの措置で既に元老院議員なのだ。更に特例を重ねても、問題はあるまい。というか誰も逆らえまい。

「それだけか?」
若き主君のテストはまだ続くらしかった。

「いえ、勿論それだけではございません。次に、これは官職ではございませんが、亡き大カエサルの養子としてユリウス・カエサル家を継承する養子縁組手続きを正式に行うべきです。我々は当然のごとくカエサルをカエサルと呼んでおりますが、いまだ正式な手続きは経ておりませぬ。この機会にそれを済ませてしまうべきでしょう」

「当然だな」
若きカエサルは強く首肯した。今まで散々各方面の妨害にあって実現しなかったが、今度こそ誰にも文句は言わせぬ。

アグリッパにも、その主君の気持ちはよくわかっていた。

しかし、アグリッパは次にマエケナスが言い出したことに心底驚倒することになった。
「...次に、これはさすがにすぐに実現しないことではありますが、アグリッパ将軍にもカエサルの同僚執政官についていただくべきです」
「....!?」

アグリッパは開いた口がふさがらなくなった。

カエサルが執政官につくのはわかる。わかるというか、そうでなくてはならない。しかし、自分が、カエサルと同格の執政官などと想像の遥か彼方である。

...なのだが、若き主君はそのマエケナスの言葉にも全く驚きも見せなかった。彼は、既にそのつもりということだ。

ただ、さすがにアグリッパとしてはマエケナスに問いただす気になった。
「待て、マエケナス。私は執政官どころか元老院議員ですらないのだぞ。更に言えば完全に平民階級の出だ。君はまだしも騎士階級の人間だが、私は更にその下の階級の人間なのだぞ。いくら首都を武力制圧したとて、何でもやれる訳ではあるまい。無理を言うな」

マエケナスは微塵も動じなかった。この飄々とした男はカエサル以上にものに動じないらしい。

「...ですから、すぐには実現しないと申し上げました。ですが、平民の出身者が功績を立てて元老院議員になるなど、ローマの歴史上いくらでもあったではありませんか」

「ましてアグリッパ将軍はカエサル第一の腹心にして絶対の右腕ともいうべきお方、更にはその軍の指揮を任されることになるのです。功績などいくらでもお立てになりましょう。そして元老院議員になってしまえば、執政官になったとて何の不思議もありますまい」

「....なぜ、私なのだ」
「ローマの元老院において、拒否権を行使しうる者は執政官と護民官だからです。護民官については当分置いておきましょう。カエサルの息がかかる平民の誰かを当選させておければ最善ですが」

「問題は執政官です。先刻私は少し言葉が過ぎましたが、元老院議員の全員を皆殺しにする訳にもいきません。しかし、一介の議員であれば反カエサル派が紛れ込んでいても大事ありませんが、それが執政官になられては大事に至ります。カエサルが提出する法案に拒否権など行使されてはたまったものではない」

「従ってカエサルご自身が執政官につくのは当然として、同僚執政官もまた絶対にカエサルに忠実で、あらゆる意味においてカエサルが信頼する人間でなければならないのです。そして、その条件を満たす者はアグリッパ将軍、貴方しかおりませぬ」

「...平民の私ならば護民官にはなれる道理だが?」
「アグリッパ将軍...あなたはもっと自分を高く評価されて良い。あなたの能力は護民官では勿体ない、という事です。今は亡き大カエサルが、一介の兵士でしかなかった貴方を抜擢しカエサルの腹心とすべく付けられた理由を、カエサルは誰に教えられずとも既によくご存じだ。だからムティナで、初陣に等しい貴方を指揮官として起用したのだ」

「そしてあなたにとっては父のような年齢のカエサル派の重鎮達に対しても、カエサルは常に貴方を傍らに置き、貴方を押し立てようとし、カエサルご自身だけでなくあなたを軽んじることを決してお許しにならぬ。それは決してカエサルの友情だけではない。カエサルはそのような甘いお方ではない。あなたはその意味をもっと強く自覚なさるべきだ」

アグリッパは、思わぬマエケナスの熱弁に圧倒される思いだった。いつの間にか、この男はアグリッパに教え諭す兄のような物言いになっている。

しかし、その物言いが不思議とアグリッパには不快ではなかった。

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